「……良かったじゃない。おめでとう」


 精一杯の強がり。満面の笑みを浮かべ、わたしはセオドアを見つめる。
 爵位を継いだら、今みたいに軽々しくここを訪れることは出来なくなる。ううん――――真面目なセオドアのことだもの。もう二度と会えないに違いない。


(結婚、するんでしょう?)


 そう尋ねたくて。けれど尋ねたくなくて。
 幾度となく言葉を飲み込む。

 もしも生まれる家が違っていたら――――夫と結婚しなかったら、わたしは欲しい未来を手にいれられたんだろうか? セオドアのお嫁さんになれたのだろうか?

 過去は変えられない。欲しい未来は得られない。
 分かっているけど、どうしても考えずにはいられない。


「ねえ、セオドア。本当にわたしのことが嫌いなの?」


 終わるなら、綺麗に忘れさせて欲しい。どうしようもないことなんだって。思い知らせて欲しいのに。


「バカ、サロメ――――愛してる」


 そんなことを言うのだもの。何年も堪えていた涙が、勢いよく流れ落ちた。


「好きだよ。幼い頃からずっと。俺にはサロメだけだ」


 唇が涙を拭う。ひび割れた心を、セオドアの言葉が包み込む。
 嬉しくて――――その分だけ悲しい。


「わたしも、セオドアが好き」


 感情は揺らぎない。だから、簡単に口にすることが出来る。
 けれど、そこに未来は無い。

 セオドアが愛を紡ぐ度、わたし達には『今』しか無いんだって、思い知る。

 叶えられないことは言わない。期待させちゃいけないから。
 叶えて欲しいことも言わない。煩わしく思われて、最後になってしまうかもしれないから。
 少なくとも、わたしが願いを口にすることは許されない。言えば、セオドアを苦しめてしまうもの。


「サロメ――――愛してる」


 わたし達はただひたすらに、今を約束し、求めあう。
 そんな日々が少しでも長く続けば良いと、そう思っていた。