「家まで送るよ」


 どれぐらい経っただろう。セオドアはそう言うと、わたしの手を引いた。

 馬車の中では、どちらも一言も喋らなかった。
 月明かりに照らされたセオドアの横顔があまりにも綺麗で愛しい。縋りつきたい――――けれど、そんなことはできないって分かっていた。

 未亡人のわたしを迎え入れてくれる人なんて一握り。相手にも離婚歴があるとか、訳ありだと相場が決まっている。
 輝かしい未来の待つセオドアと、謂わば既に終わっているわたし。絶対に、結ばれることは無い。


「おやすみなさい」


 さよならの代わりに、ありふれた挨拶を口にする。もう二度と、彼に会うことはないだろうと、そう思いながら。

 けれど、彼から返って来たのは言葉ではなかった。

 吐息ごと唇を塞がれ、心臓がドクンと大きく跳ねる。頬を、肩を、優しく撫でられ、息苦しさに目を瞑る。
 一瞬だけ交わった視線。時間が止まったかのような感覚。セオドアに身体を預け、激しい口付けに酔いしれる。

 この関係に未来が無いことは分かっている。わたし達の道は交わらない。
 だけど、それでも――――


「サロメ――――今夜は一緒に居たい」


 欲に塗れた囁き声。
 自分に嘘を吐くことなんて出来なかった。