「口を挟んで申し訳ございませんが、それが旦那様の遺言でございます。何度もご説明を差し上げた筈ですが」


 助け舟を出してくれたのは、この家に古くから仕えている執事頭のロバートだ。
 彼の言う通り、夫はわたしを実家に帰すことも、市井に投げ出すことも許さなかった。


『可愛いサロメ――――私が亡き後も、彼女がこの家で何不自由なく過ごせるようにしてほしい』


 屋敷の使用人たちは、主人の遺言をしっかりと守り、わたしをここに置いてくれている。

 けれど、わたしはそれが申し訳なかった。
 だって、わたし達夫婦の間には子どもが居ない。当然だ――――そういう行為をしていなかったのだもの。


『すまないね。私は亡き妻を愛しているから』


 初めての夜、夫はそんなことを口にした。
 正直言って、ホッとした――――と同時に、わたしはとてつもない罪悪感に襲われることになった。

 わたしは夫に返せるものが何もない。
 実家とは比べ物にならない程の贅沢な生活。夫も使用人たちも、皆がわたしに優しく、温かい。浪費家の義母や妹も、この結婚の恩恵に大いにあやかっている。
 嬉しくて――――けれどあまりにも申し訳ない。

 結婚からたったの二年。夫は病気のために亡くなってしまった。彼に何も返すことができないまま。


 失意のまま訪れたとある夜会で、わたしは幼馴染のセオドアと再会した。