その時、ずっと沈黙を守っていたメアリーが口を開いた。思わず振り返ると、彼女はニヤリと、意地の悪い笑みを浮かべる。それから優しく目を細め、そっと私の手を握った。


「わたくし、他国の王妃になるのが幼い頃からの夢でしたのに、お姉さまったらわたくしからそんな絶好の機会を奪うんですもの。ズルいわ!」

「えぇっ? だけど、だけどメアリー……あなた、あの時、そんなこと一言だって――――」


 メアリーは私の手を強く握りながら、困ったような表情で笑っている。振り返れば、父も同じ顔をして笑っていて。


(――――最初から二人は、私を隣国に行かせる気なんて無かったんだ)


 その時になってようやく、私は父と妹の想いに気づいた。二人は、関係を拗らせた私とレイリーのために、互いに素直になるための道を用意してくれたのだ。


(父様、メアリー)


 涙が私の頬を濡らす。レイリーがそっと、私の涙を拭ってくれた。


「ごめん、ごめんね、メアリー」

「……何のことですの? わたくし、自分の願いに忠実なだけですわ」


 私達はどちらともなく抱き締めあった。メアリーは私の背を優しく撫でながら、穏やかに笑っている。


「そういうわけですから姉さま、隣国にはわたくしが嫁がせていただきます」


 メアリーはそう高らかに宣言すると、茶目っ気たっぷりに私の頭からティアラを奪い取った。


「セイラ」


 レイリーが、改めて私に向き直る。これまで頑なに呼ばなかった私の名前を呼び、泣き出しそうな表情で微笑んでいる。彼の瞳は、愛しげに細められていた。


「俺の妻になってくれますか?」


 少しだけ緊張した面持ちに震えた声。心臓がドキドキと高鳴る。


(答えなんて、分かってるくせに)


 返事の代わりに、私はレイリーの唇に触れるだけのキスをした。何処からともなく祝福の鐘が鳴る。私達は満面の笑みを浮かべながら、互いをキツく抱き締め合ったのだった。


(END)