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 そんなことがあった数日後のこと。


「一体如何なさったのですか、お父様」


 私はレイリーと共に、父に呼ばれていた。その場には私達の他に、レイリーの父親と私の妹のメアリーがいる。こんなこと、婚約を結んでから一度だって無かった。


「レイリー。悪いが君とセイラの婚約は無かったことにしてほしい」

「えっ?」


 思わぬ言葉に、私は目を見開いた。


「どうしてですか?」


 尋ねたのはレイリーだった。彼の父親は、先に話を聞いていたのか、驚く様子もなく佇んでいる。


「先日、隣国で革命が起きたのは君も知っているだろう?」

「ええ、それはもちろん……」

「新しく王に立った男はひどくやり手で、他国への侵略も狙っているらしい。今は小国だが、いずれはうちも放っておけない存在になる。そんな隣国の王が、我が国から王妃を望んでいる」


 父の言葉に私は小さく息を呑んだ。
 私がレイリーと婚約することになったのは、ひとえに他国に良い嫁ぎ先が無かったからだ。自分の身分――利用価値に見合った嫁ぎ先が出来たのだから、当然、そちらを選ぶべきだろう。


「おっ……お待ちください! けれど、それでは…………セイラは俺の妻になるものだと」


 その途端、私の心臓が大きく跳ねた。こんな時だというのに、レイリーが私の名前を呼んでくれたことが嬉しくて堪らない。瞳には涙が滲んだ。


「レイリーには、セイラの代わりにメアリーをやろう。この数年間、おまえ達の仲は良くなかったし、丁度良いだろう? メアリーはいつも、君と結婚ができるセイラのことを羨んでいたようだし」


 そう言って父は、憐みのような視線を私に向ける。頭をハンマーで殴られたような衝撃が私を襲った。
 父はちゃんと、私達の関係が悪化していることに気づいていた。気づいていて、けれどどうすることもできなくて、ここまで静観していたのだ。


(レイリーとメアリーが……)


 二歳年下のメアリーは、素直で朗らかな性格をした、私とは正反対の人間だ。姫君特有の気位の高さもなく、誰とでも分け隔てなく仲良くできる妹は、私の憧れで。つい先日も、メアリーとレイリーが仲良く談笑している所を目撃した私からすれば、父の采配は妥当のように思えた。


「先方からは、王妃になるのはセイラでもメアリーでも、どちらでも構わないと言われている。私にとっては、どちらも自慢の娘だ。王妃として立派にやっていけると思っている。だが、二人の幸せを想えば、セイラの方を隣国に嫁がせたい」


 父の言葉に、堪えきれず涙が零れ落ちた。
 レイリーは俯き、じっと地面を見つめている。表情が見えないので、彼が何を思っているのか、私には分からない。
 ようやく私から解放されることに安堵しているのか。それともいきなり婚約者を替えられたことに対する戸惑いか。もしかしたら、その両方かもしれない。
 少なくとも、婚約破棄を惜しんでいることはないだろうと、私には分かった。


「話は以上だ」


 父はそう言って話を打ち切った。私はレイリーの顔を見ることなく、父の後に続いた。