けれど、幸福な日々はそう長くは続かない。


「キース」


 翌日の昼休み、わたしがキース様に声を掛けようとしたほんの少し前のこと。凛とした美しい声が練武場に響いた。


「姫様」


 キース様はそう言って、恭しく頭を垂れた。
 まるで絵に描いたような神々しい光景。その場にいる誰もが見惚れる美しさだった。
 この王国唯一の後継者、姫君であるマリア様は、騎士たちだけでなく、わたしたち魔女見習いにとっても憧れであり、唯一無二の護るべきお方だ。
 彼女を守り支えるために、わたしたち魔女や魔法使いは城に集められ、魔法を学ぶ。それが国の決まりだった。


「どうしたの? 最近、全然会いに来てくれないじゃない」

「申し訳ございません。不義理を働くつもりは無かったのですが。なぁ、ケン」


 キース様はそう言って、隣の騎士と顔を見合わせる。彼はよくキース様と一緒にいる、ケネスというわたしの同期だ。ワンコみたいな柔らかい髪の毛に、可愛らしい顔をした、弟みたいな男の子で。騎士というより文官向きなタイプだけど、魔力が強かったから騎士見習いとして採用されたらしい。


「寂しかったのよ。あなた達が来てくれないと、お喋りする相手もいないんだもの」


 そう言ってマリア様は、キース様の肩へ手を伸ばした。


(あっ……)


 止めて。キース様に触らないで。
 そう言いかけて、わたしは必死に口を噤んだ。
 マリア様はこの国の姫君で。誰よりもお美しい方で。
 それから――――キース様の婚約者だった。


(止めてって言われるべきはわたしの方だ)


 惚れ薬を使ってキース様の気持ちを操って、マリア様に寂しい思いをさせた。反逆者とみなされてもおかしくない程の、あってはならない行為。
 恋してはいけない人だった。そうと分かっていたのに、いつの間にかどうしようもない位、キース様が好きになっていた。


(だって、わたしを――――わたしの魔法を認めてくれたのは、キース様だけだったから)