「ハナは? 俺のことが好き?」


 キース様はそう言ってわたしの唇をなぞる。


「好きです」


 心臓が飛び出しそうだった。何だか無性に苦しくて、息もまともにできなくなる。


「良かった。同じ気持ちだね」


 そう言って微笑むキース様の顔がわたしには見れなかった。


(ごめんなさい)


 心の中でそっとキース様に謝罪する。わたしの想いは本物だけど、キース様のその気持ちは、わたしが作り上げた偽物だから。そう、ちゃんと分かっているから。
 だって彼には。キース様にはちゃんと――――婚約者がいるのに。


「キース様」

「うん?」

「キス、してくれませんか?」


 この偽りの関係には終わりがある。
 ポンコツ魔女のわたしが、もう一度同じ惚れ薬を作れるとは到底思えない。
 小瓶の中に入っている薬はあと25日分。それだって、一日でも使用し損なったらそこで終わる。だって、正気になったキース様がわたしに近づくことなんて、きっとあり得ないもの。


(だったら、我慢なんてしたら勿体ない)


 わたしはグッと唇を突き出して、そのままギュッて目を瞑る。キース様の吐息が肌を擽って、心臓がザワザワと撫でられる。彼がどんな表情をしているのか、どんなことを思っているのか分からない。


(でも、今だけはわたしのことを好きでいてくれてるのは間違いないから)

「ごめんね」


 けれど、次に彼の唇から紡がれたのは、そんな言葉だった。
 ショックで。頭の中で「ガーーンッ」て音が鳴り響いて、わたしは思わず目を開ける。目の前には困ったように笑うキース様。気を抜いたら涙が零れ落ちそうだったけど、わたしは必死で唇を引き結んだ。


(やっぱり……偽りの恋だから?)


 彼の中では、本心と薬で作り上げられた恋心が戦っているのだろうか。言葉では「好き」と言えても、行動に移すことはできないのかもしれない。そう思うと、胸がズキズキと痛んだ。


「今はこれで許して」


 キース様はそう言って、わたしの頬にそっと触れるだけの口付けをした。嬉しいのに悲しい。そんな複雑な気持ちで、わたしは薬の入った小瓶をギュッと握りしめる。


(薬なんて作らなきゃ良かった)


 一瞬だけ、そんなことを思った。