「俺と結婚するのは嫌?」


 ディミトリーが尋ねます。


「嫌……ではありませんけど」


 正直アリシャは困っていました。悪意には耐性があります。けれど、好意を向けられること――――自分に良いことが起こることには、とんと免疫がなかったのです。


「俺はアリシャは良い子だと思うよ」


 それは、いつも姉達から言われているのと、真逆の言葉でした。


「可愛いし」
「や……」
「努力家だし」
「やめ…………」
「優しいし」


 アリシャはついに両手で顔を覆い隠しました。羞恥心に耐えられなかったのです。


「アリシャが自分を甘やかせない分、これからは僕がアリシャを甘やかすから」


 そう言ってディミトリーはニコニコと笑います。


「――――――現実的なお話をしますと」
「うん?」
「姉達が罪に問われるのに、ディミトリー様の配偶者になんてなれないのではありませんか?」


 悪い想像をすることは得意です。アリシャは期待を抱かないよう、細心の注意を払って想像を巡らせます。


「そんなの、何とでもなるよ。おとぎ話でもそう相場が決まってるだろう?」
「だっ、だけど、これはおとぎ話ではありませんし」
「王子の僕が言えば、大抵の無理は通るよ」
「――――身分的にも釣り合ってるとは思いませんし」
「その辺も心配ないよ。母も子爵家出身だ」
「ズケズケものを言いますし」
「正直なのは良いことだよ。僕に苦言を呈してくれる人なんて滅多に居ないんだから」
「ですが、教育も――――碌に施されていませんし」
「アリシャは知識は十分あるんだし、大丈夫。良い教師を付けるよ。
ねぇ……そろそろ言い訳も底を尽いたんじゃない?」


 ディミトリーはそう言ってケラケラと笑います。


「それにしても――――アリシャは嘘が吐けないよね」
「……何故、そう思うんですか?」
「だって、『俺のことが好きじゃないから』とは言わないから」


 その瞬間、アリシャの顔が真っ赤に染まりました。図星だったからです。ディミトリーは満足そうに微笑みました。


「――――これからは『自分に都合の良いこと』ばかりを想像することをおススメするよ」


 ディミトリーの提案に、アリシャは唇を尖らせます。彼の言う通り、このままでは心臓がもちそうにありません。


「参考にさせていただきます」


(END)