「私があの家に生まれたのは紛れもない事実。今更親を取り変えることはできません。変わらないものに疑問を抱いたり、拒否をすることは疲れます。期待をするから傷つく。ならば、期待をしなければ良いのです。
最悪のことを想定していたら、何があっても『あぁ、この程度で済んだ』と思えます。今回みたいに、淡々と事実を受け入れられるのです」


 アリシャは珍しく饒舌でした。ディミトリーは妖精たちと顔を見合わせます。
 それは、彼女がいつも巧妙に隠している感情が浮き彫りにされた瞬間でした。


「――――そうか」


 ディミトリーは呟きます。
 先程からアリシャの視線はピクリとも動いていません。本の中の一点を見つめ、神妙な面持ちで唇を引き結んでいます。


「――――ディミトリー様はあとどのぐらい、このお屋敷にいらっしゃるのでしょう?」


 ややして口を開いたアリシャは、そんなことを尋ねました。


「え? ……あぁ、あと大体2週間ぐらいだろうか?」


 ディミトリーはしばし逡巡してから答えます。途端にアリシャの表情が曇りました。
 その時、ディミトリーはアリシャと初日に交わした約束を思い出しました。


『――――取り敢えず、僕はしばらくこの屋敷に滞在している。その間はあなたもここで静養すること。良いね?』


 アリシャにとってディミトリーがこの屋敷を出ることは、自分の居場所が無くなることを意味しています。王都にある子爵家へ戻っても、アリシャを歓迎する人は一人もいません。第一、アリシャは事故死したとして、公に存在が消されている可能性すらありました。