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 一ヶ月程時が経ち、アリシャとディミトリーは随分打ち解けました。
 初めこそ、アリシャの独特な感性に驚いていたディミトリーでしたが、数日も経てば耐性が付きます。
 虐げられて育った割に、アリシャは物知りで、聡明でした。本をたくさん読んだのだといいます。姉や義母達がアリシャの部屋を狭くするために、本をたくさん置いて行ったのです。その中には貴重な蔵書も多数含まれていました。姉達は絶対読まないような、難解な本です。


「勿体ないね」

「……何がですか?」


 言いながらアリシャは、ほんの少しだけ首を傾げます。ディミトリーの屋敷には、アリシャの家よりもたくさんの本がありました。今もその内の一つに目を通している最中です。相変わらず無表情ですが、割と楽しんでいるらしいことが、ディミトリーには見て取れます。


「生まれてくる家が違っていたら、あなたはもっと、色んなことを学べただろうに」


 ディミトリーは小さくため息を吐きつつ、アリシャのことを見つめました。

 知識は本等から自ずと学び取ることが出来ます。けれど、貴族の令嬢に望まれる理想的な振る舞いや礼儀というものは、知識だけでは完結しません。
 残念なことに、彼女の周りには、お手本となる様な人間が居ませんでした。姉達や義母は下品の代名詞のような人々でしたし、外出も殆ど許されませんでした。何が理想的なのか、知る機会に恵まれなかったのです。


「そういうことは、あまり考えないようにしています」


 アリシャは視線を上げないまま、そんなことを言います。