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「それにしても、アリシャはどうしてこんな場所へ連れてこられたんだい?」


 アリシャが落ち着いたのを見計らって、ディミトリーが尋ねます。ボロボロだった寝間着から、使用人のドレスに着替えたアリシャは、見違えるように美しくなりました。凛とした佇まい。思わずディミトリーは見惚れます。アリシャはそんな彼の様子をまじまじと見つめながら、徐に口を開きました。


「私の存在が気に喰わなかったからでしょうね」


 それは、至極冷静な分析でした。
 これまで、嫌われるきっかけは数えきれない程ありました。神経を逆撫でさせるようなことを言っていることも、きちんと自覚していました。けれどそれ以前に、姉達は初めから、アリシャのことが大嫌いだったのです。


「存在が気に喰わない、とは?」

「妾の子ですからね。盗人とか、卑しいとか、醜いとか……そんなことを言っていました。恐らくですけど、私の存在は姉達にとって、自分の存在意義や価値を否定することに繋がるようです」


 アリシャの言葉に、ディミトリーは顔を歪めます。
 彼自身もいわゆる妾の子でした。アリシャほど酷い扱いを受けているわけではないものの、何となく言わんとしたいことが分かったのです。


「だからって普通、妹を森に捨てる?」

「姉達は普通じゃありませんから」

「……犯罪行為だよ? もう少し、こう――――怒るとかないの?」

「いつかはこんな日が来ると思っていたので、特段」


 話しながら、ディミトリーは段々イライラしてきました。顔も知らないアリシャの姉達に対して、沸々と怒りが湧いていきます。


「父親は? あなたを探してくれそうにないの?」

「忙しい人ですから、私がこんな状態だって知るのにあと何日掛かるか……あっ、戴いたご飯の代金ぐらいは払ってくれると思いますので、父の職場に請求書を送付していただけますと幸いです」


 アリシャの言葉にディミトリーは唸り声を上げます。
 こんな状況――――普通の少女なら、泣くなり喚くなりする筈です。反骨精神が多少旺盛ならば、相手を罵るなり、復讐を誓うなりするでしょう。けれど、アリシャはそのどちらにも当てはまりません。


(あまりの辛さに、頭のネジが一本飛んでしまったのだろうか?)


 そう疑わずにはいられませんでした。


「――――取り敢えず、僕はしばらくこの屋敷に滞在している。その間はあなたもここで静養すること。良いね?」

「行く当てもありませんし、ディミトリー様が良いならば」


 よろしくお願いしますと言って、アリシャは頭を下げました。