「それに俺、初めてだったもん」

「何がですの?」


 グラディアが聞き返すと、エーヴァルトは少しだけ顔を背けた。見れば耳のあたりがほんのりと紅くなっている。何だろう?と思っていると、エーヴァルトはポツリと、まるで独り言のようにこう呟いた。


「恋人になって欲しいって言われたの、初めてだった。あの瞬間、ちょっと痺れた」


 途端、グラディアの心臓がドクンと跳ねる。思わず立ち上がり、エーヴァルトの顔を覗き込むと、彼は恥ずかし気に眉間に皺を寄せていた。


(かっ……可愛い…………!)


 男性に対してこんな感情を抱くなど失礼じゃなかろうか、と思いつつ、グラディアはそっと胸を押さえる。「見るなよ」と言いつつも、エーヴァルトは困ったように笑った。心臓がドキドキと鳴り響き、収まりそうにない。


(あれ……?)


 その時ふと、グラディアは気づいた。あれ程胸の中を占拠していたクリストフへの想いが、今は靄が掛かったように遠くに感じる。確かにそこに存在しているはずなのに、形として見えてこないのだ。


(一体どうして)


 クリストフは学園内で、表だってグラディアに好意を見せることは無い。彼とロジーナの婚約が、既に社交界で噂になっているからだ。
 けれど彼は、時折グラディアの屋敷を訪れては、自身の想いを語っていく。自分はまだグラディアを諦めていないのだと、そう伝えに来るのだ。

 きっと以前までのグラディアなら、辛いと思っただろう。悲しいと思っただろう。
 けれど今のグラディアは、それらを何も感じない。そのことがグラディアには不思議で堪らなかった。


 その時、エーヴァルトがグラディアを見て、ニコリと微笑んだ。瞬時に心臓が早鐘を打ち、身体中が熱くなる。グラディアは思わず顔を背けた。