「彼はね、わたくしの恋を応援してくれただけなのよ」

「え?」


 困ったように微笑みながら、王女様はチラリとドアを顧みる。私を連れ出した騎士が立っている辺りだ。


「わたくしにはね、ずっと、ずっと好きな人がいるの。けれど、彼は自分の身分が低いからと、どうしてもわたくしの想いに応えてくれなくて……。思い詰めたわたくしが取った行動が、幼馴染のオスカーと親密に振る舞うことだったの」


 王女様の瞳は悲し気に揺れていた。何故だかそれがオスカーの姿に重なって、私は胸が苦しくなった。


「オスカーとの仲を噂されればされるほど、わたくしの想い人は焦れていった。彼は確かにわたくしを想ってくれている……それが分かるだけで嬉しくて。ごめんなさい。オスカーの優しさに甘えたわたくしが悪かったのです。わたくしのせいでオスカーは、人々の耳目を集め、あることないこと言われてしまって」


 気づけば王女様の瞳から涙が溢れていた。目の前で蹲る王女様の背中を撫でながら、私まで目頭が熱かった。


「彼の出世を嫉んだ誰かが『遊び人』なんて嘘の噂を流しても、オスカーは一言も否定しなかった。わたくしとの噂だって、否定も肯定もせずに、ずっとずっと沈黙を守って――――そんな彼が辿り着いたのが、ミア様の側だったの」


 思わぬ言葉に、心臓がドキンと跳ねた。


「オスカーから想い人が出来たって――――恋人ができたって聞いた時は本当に嬉しく思いました。ミア様と一緒にいると心穏やかに過ごせるんだって」


 気づいたら私の瞳からも涙が零れ落ちていた。


(全部全部、私の勘違いだった)


 喉の辺りが焼けるように熱くて、苦しくて、叫びだしそうになる。
 噂をうのみにしてオスカーの話を聞かなかった。信じなかった私が今更謝るなんてむしが良すぎる話だ。
 けれど、今もあのガゼボで待っているかもしれないオスカーを想うと、胸の辺りがグッと熱くなる。


「ミア様、わたくしはね、オスカーの婚約を機にもう一度、わたくしの想い人ときちんと向き合うことを決めました。たとえ受け入れてもらえなくても、何度でも想いを伝えるって」


 王女様は大きく息を吸い、前を見据える。瞳は泣きぬれていたけれど、表情は明るく、力強い笑みだった。


「ありがとうございます、王女様」


 私はそう言って立ち上がり、涙を拭った。迷っている暇なんて無い。私の足は自然、オスカーの元に向かって走り出していた。