「…………優しそうなお父さんだね」

「え?」


 どんなことを言われるんだろうって戦々恐々としていた私は、オスカーの言葉に拍子抜けした。
 まるで、ガゼボで二人、ポツリポツリと会話を交わしていた頃のような、そんな口調や話題。思わず顔を上げたら、そこにいたのは変にキラキラしていない、いつものオスカーだった。


「敏腕事業主だって言うから、もっと厳しそうな人を想像してたけど、俺にも優しく接してくださって、安心したよ」


 胸の辺りがギュッて握られるような感覚がした。
 そんな風に嬉しそうな表情をしないでほしい。勘違いなんてしたくない。まるで好きな人との結婚の許しを得られたみたいな言い方して、私を揺さぶらないでほしかった。


「父は……オスカーには関係ないわ」

「関係あるよ。俺の妻になる人の父親だもの」


 オスカーはそう言って私の手を握った。拒否しようにも、オスカーの大きな手のひらが私の手のひらをすっぽりと覆ってしまって、退けようがない。首を横に振ってみても、オスカーの表情は揺らがなかった。


「私達、もう別れたのよ?」

「俺は承諾した覚えはないよ」


 オスカーの言葉がじりじりと心臓を焼く。


(何で? オスカーは王女様と結婚するはずじゃ……)


 王女様だけじゃない。他にも色んな所に恋人がいるって噂なのに、敢えて一番ハズレの私と婚約を結ぶだなんてあり得ない。


「それにミアが言ったんだろう?」

「……え?」

「婚約をするから、遊んでいられないって。――――これまでのことが遊びだったのなら、それでも良い。だけど、ここから先はダメだ」


 気づけばオスカーの顔がほんの数センチ先まで迫っていた。
 なにを言われているのか、なにを言わんとしたいのか、ちっとも理解が追い付かなくて、私は必死に後退る。


「俺を好きになって。もっとちゃんと、本気で好きになって欲しい」

「……っ!そんなことできるわけ――――――」


 私の懇願は、最後まで音になることは無かった。唇を塞がれて、甘くて苦くて。そんなの、言葉なんて呑み込まざるを得ない。
 痺れるほどに吸われた唇がジンと疼く。息を吸いたくて口を開けば、すぐに隙間を埋められて。苦しくて苦しくて堪らない。