恋人同士になってからも、私達の関係は大きくは変わらなかった。
 毎日同じ時間にガゼボに来て、どちらともなく少しだけ会話をして。抱き締めたり口付けたり、以前よりも距離は近くなったけれど、会うのは学園――――私達だけが知っているガゼボだけ。それ以外の場所で会うことは無かったし、相変わらず私はオスカーのことをちっとも知らないままで。

 だからあの日、あの場所でオスカーを見かけるまでは、私はちっとも気づかなかった。


「王女様、こちらへ」


 ソレイユ級でも限られた人間だけが立ち入れる、私のいる場所から遠く離れたテラスで、女神みたいに美しい女性をエスコートするその男性は、紛れもなく私の恋人だった。
 私には見せないキラキラした笑顔に優美な物腰、完璧を体現したみたいなその姿に、私の心臓は粉々になる。


「王女様とオスカー様だわ!」

「本当にお似合いよね。婚約も間近って噂だけど」


 少し離れた場所でそう噂をしていたのは、同じテール級に属する貴族の令嬢だった。


「でも、オスカー様ってあまり良い噂を聞かないのよね。王女様以外にもソレイユ級の令嬢や屋敷の侍女、色んな所に恋人がいるらしいわ」

「まぁ、今をトキメク公爵家のご令息ですものね。陛下もそういうことに寛容だって話だし、女遊びをしている方が仕事ができるなんて風潮もあるから……」

「本気にならない前提だったら、良いお相手よね。あの顔、あの身体! 一緒にいるだけでこちらのステイタスまで上がる上、色々と経験値を上げてもらえるし」


 楽し気に笑う令嬢方を尻目に、私の心は冷めきっていた。


(そっか。私は何人も存在する彼の恋人の一人に過ぎなかったのね)


 身を寄せ合い笑い合うオスカーと王女様を遠目に見ながら、私の瞳に涙が浮かぶ。
 いつか別れる日が来るって分かってた。私達は身分が違うし、一緒にはなれない。ちゃんと覚悟していたはずなのに、こんなにも悲しいのは


(彼のことが好きだから)


 いつの間にか、こんなにも好きになっていたから。


(ちゃんと、何度もシミュレーションしていたはずなのに)


 さよならを言う練習を。さよならを言われる練習を。彼と幸せなひと時を過ごすたびに私は繰り返していた。
 けれど最近は、オスカーと一緒にいることがあまりにも幸せ過ぎて。自分が置かれている立場も何もかも忘れて、ただ胸をときめかせていたこともまた事実で。


(悪いのは私だ)


 涙でぐちゃぐちゃな視界が、オスカー達の姿を覆い隠した。