結花としては陽鞠が受験に落ちたことが近所や他の保護者にバレたくなかったから、逃げるように地元に戻った。
 それもそのはずである。日頃から結花は近所の人やママ友達に「うちはあなた達下々と生きる世界が違うのです」とマウントを取っていた。その娘が受験落ちるのがバレると屈辱を受けることになる。
 陽鞠も逃げたかった。
 受験で落ちた云々より、母の日頃の態度で周りから厳しい目を向けられるのがこれ以上嫌だったからである。
 授業参観で痛い服装で来たことで珍獣扱いされるのが嫌だった。
『いずれ依田陽鞠も母と同じようになる』と呪縛を受けているみたいで。
 くよくよ考えるのはやめにしようと、春の台中学校で吹奏楽部で頑張ってきた。慣れない部活と勉強の両立、そして、部活内の厳しい上下関係と暗黙のルール。
 最初の1年は慣れるのに手一杯だった。
 2年生になってからは先輩と新しい後輩との板挟み。そしてもうこれからは後輩達を引っ張らないといけない立場になってきている。
 スマホのロック画面を見ると、メッセージアプリでのグループチャット内で、部活の友達から「お父さん大丈夫?」のコメントが並ぶ。
 陽鞠は「うん、なんとか」と返す。