「優利ー、優利、起きて。勉強するよ。反論は許さないからね。〝金の卵の夫婦〟本気で目指してるんだから、ちゃんと付いてきてよ」


今日は土曜日で、いつもより長く寝ていたところを、珍しく大きな声を出した純に叩き起こされて、どうにかまぶたを持ち上げる。


意識がはっきりしてきて、今まで通りすぎてびっくりする。私はずっと純を避けてきたのに、純から声をかけてくれるなんて。


少し遅れて純の言葉に違和感を感じる。付いてきてよ、って、それはこれからもパートナーでいてくれるってこと?


勉強なんて普段は絶対にやりたくないけれど、迷惑がかるし、やらないといけないことだ。それに、せっかく純から声をかけてくれた。気持ちを確かめるためにも、少し純と勉強するのが魅力的に思える。


「勉強・・・、どの教科?」


「え?全部だけど?ここで出遅れたら俺ら終わりじゃん。何言ってんの」


純がありえない、と言う顔で即答する。そっか。そうだよね。


「全教科ー?ま、いっか。私、勉強できないからしょうがないかー。頑張るから、教えてね!」


純がいつも通りだから、ずっと引きずっていても仕方がないと思い、あえていつもより明るめに言ってみる。
普通に全教科するのは嫌だから、教えてと言った。


「優利は飲み込みが悪すぎるし、やる気もないじゃん。教えるのはいいけどさ」


「今日は飲み込みいいバージョン優利だから!安心して!よろしくするよ!」


「やる気も出してね。さっさと勉強するよ」


「はーい」


教科書ノートと筆記用具を持ち下へ行く。もう純は始めていた。私も隣に座り、教科書ノートを開く。


・・・早速わからない。何この問題、わかるわけないじゃん。本当に習った問題?答えある?


「ねぇ、これどういうこと?全くわからない」


「はあ?早すぎでしょ。ちゃんと考えた?で、わかんないのこれ?えっとこれはここかけて合計割って、人数引いて」


「・・・なるほど!わかった!すごい!ありがとう!」


やり方を教えてもらうとびっくりするほどするする解けていく。気持ちいい。この問題にも答えはあった。


サラサラ動いていた右手が2問終わってピタリと止まった。もう集中が途切れてしまったようだ。なんだか隣が気になる。気になり始めるとどんどん聞きたいことが出てきて、キリがない。


この前聞こうとして避けられたことだけど、純はこれからについてどんなふうに考えているんだろう。やっぱりトレード?でももしかしたら・・。


いつのまにか私は純とペアのままでいたいと思うようになっていた。そして、純の考えを知りたくなった。もう、勉強どころじゃない。だけど、この質問はこの前して、気まずくなった原因。また同じことになるのは嫌だ。でも、やっぱり気になる。気になるんだから、聞いたらスッキリする。聞くなら今。けれどもしも、トレードするとはっきり言われたら、トレードするまでの間の関係はどうなってしまうことだろうか。2つの考えがぐるぐる頭を巡っていく。悩んだ末に、覚悟を決めて、言葉を紡ぐ。この前あんなに後悔して、焦りすぎたと思っていたのに、もう我慢できなくなって、聞いてしまうなんて、本当に私ってバカすぎる。


「ねぇ、純、あのさ・・・」


「何?今度はどこ?」


純は私が言い終わらないうちにこちらを向く。問題がわからないだと思ったらしい。ここからまた違うと言って本題に入らなければならないと思うと少し怯んでしまう。けれど踏ん張って首を横振る。今、言い出した後悔はない。自分でしっかり考えたことだから。


「違うの、勉強じゃなくて、他のことで話があるの。もう一度聞きたい。これからの私たちのこと」


他の話と聞いて嫌そうな顔をした純だが、私の真剣な雰囲気とこれからの私たちのことと聞き、申し訳なさそうな顔をして、耳を傾けてくれる。


「ごめんね、もう1回聞いて。純は、・・その、これからどうすると思ってる?どうしたいと思ってた?」


この前もした話。どうしてももう一度だけ確認したかった。


純はおどろいて、少し考えた後、声を発する。


「その話、また・・・。ごめん、俺、この前ひどいこと言ったと思う。あれから、1度、考えてみた。そしたら、やっぱり優利と

いたいって、思うようになってた」


そう考え直してくれていたことが嬉しくて、泣きそうになる。やっぱり私は純のことが好きだったみたい。


「私は、ずっと、このままが良かったけど、最初、純すごく嫌そうだったし、この前逃げたから、トレードするのかと思ってた」


「は?嫌そうって・・・優利だってそうじゃん。逃げたことは本当にごめん。だけどもともと、俺はトレードしたいとは思っていなかった。あの時は、混乱(?)ていうか急すぎてびっくりして、変な返し方になっちゃったけれど。優利がペアだった時はおどろいたけど、優利でよかったと思ってるよ。俺は・・・、ずっと・・・いや、なんでもない」


「じゃあ、これからもパートナーでいてくれるってこと?」


最後のところは引っかかったけれど、そんなことよりパートナーでいてくれることが今1番嬉しい。


「俺は、パートナーでいたいよ」


「・・・ありがとう!」


当たり前かのように言われて、ほっとする。抱きつきそうになって寸前のところで体を止める。純は気がついていないみたい。

恥ずかしいから気づかれないでよかった。でも、これからもパートナーならなおさら勉強頑張らなくちゃいけないな。


「そういうことだから、俺に迷惑がかからないようにさっさと勉強してくんない?」


純がそっぽを向いていった。せっかく自分でやる気になっていたのに、人に言われるとやる気ってなくなる。でもやらないといけない。ふたりともの夢、目標のためにも。


「はいはーい。わかってまーす、さっさとやりまーす」


「めっちゃ棒読み。ちゃんとやってよ」


「わかってるんだってば!」


「はは、じゃあえっと・・、152ページと153ページ、全部頑張ってね。全問正解するまで終わらないでね」


パラパラと教科書をめくり、練習問題だらけのページを見せつけてくる。これ全部!?


でも、これは純なりのジョークだと考えよう。わかりづらすぎて本当かと思った。


「やだよ、誰がするの。冗談やめてよねー」


「え?本気なんだけど。ほらほら、そんな暇あったら進めたほうがいいんじゃない?全問正解だよ?」


本気?うそ、やばい。今回はめっちゃ真面目な顔で言うから、冗談とは思えない。


「うそ!ひどい!純もやってよ!」


「何本気にしてるの、冗談に決まってるでしょ」


けらけら笑う純。だまされたらしい。


「え!もう、冗談?わかりづらすぎるし!暗い!」


思った通りの正直なアドバイスをあげると、ペチンと額に痛みが走る。デコピンされた。暗いって言うと怒るんだよね。


「その話はいらないでしょ。勉強して」


勉強はするけど、これは言わせて。こんな中途半端じゃあ、勉強どころじゃない。


「はは、ごめんごめん。でも、先にこれだけ。・・・・・改めまして、純、私とパートナーでいてください」


好きとは伝えられなくて、こんな風になってしまう。でも、許してね。これが今の精一杯。


「・・・・はい、もちろん。これから、よろしく」


純は、『今?』と言う風に戸惑っていた。けれど、少し経って珍しくにこりと笑ってくれた。


そんな顔を見たら、頑張ってよかったと思える。私だけに見せてくれた笑顔。それが嬉しくてこちらも笑顔になる。


これからずっとよろしくね。


私たちは、まだ、生まれていない、運命の金の卵だ。これから一緒に育てていこうね。