留衣、と話しかけたい。

 大野君じゃなくて、僕を見てほしい。

 まるで幼い頃の2人を見ているようだ。あの頃から2人はこんな風に仲が良さそうだった。

 あの頃と違うと言えば、大野君の表情だ。

 幼い頃は好きな子に向けるという視線ではなく、純粋に友人に向ける視線だった。
 
 しかし今、大野君が留衣に向ける顔は、完全に好きだという感情が含まれている。

 嫉妬してしまうほどに優しい目を留衣に向けている。

 まだ留衣は大野君の気持ちに気づいていないようだけれど、きっとそのうち気付くだろう。

 心臓が痛い。2人を見ていると、余裕というものが消えてしまう。

 歩いていると女子に声をかけられるけれど、ごめん、と言い足早にその場を去る。

 1人になりたくて誰もいないであろう教室に行くと、矢崎さんの姿があった。

 彼女は「あ」と言い、僕を見た。

 僕は軽く頭を下げる。

「あの、1つ聞いてもいい?」
 
 彼女は僕とは目を合わせずに外を見たまま話しはじめた。

「なにかな」

 留衣と仲のいい矢崎さんはきっと、いろんなことを知っているんだろう。

「留衣のこと、ちゃんと好きだったの?」

「好きだったていうか、今も好きだよ」

「それって、勘違い、じゃないの?」

「勘違い?」

 また同じ言葉が繰り返される。

「だから、その……同じ名前の人が本当の好きな人で、留衣には間違って告白した、とか」

「え? いや、なわけ」

 勘違い……。みんな同じことを言っている。

 勘違いなんて、そんなことは絶対にないのに。矢崎さんがそう言うってことはもしかして……。

「もしかして、勘違い、してる? 留衣」

「勘違いって言うか、だって、初恋の人って、子どものときに会った人でしょ? 留衣はそんな記憶ないって言ってたし」

 いろんな感情が心の中で混ざり合って、ふっと声が漏れる。

「確かにるいさんとも遊んだ。けど、僕が一目惚れしたのは、留衣だよ。留衣の隣にはあのときから大野君がいて、だから、まさか同じクラスに留衣だけじゃなくて大野君がいたときは正直落ちこんだ、だからダメもとで告白したんだ」

「じゃ、じゃあ、本当に、留衣のこと好きなの?」

 矢崎さんはようやく僕を見た。すごく丸い目をして。

「留衣が好きだよ。留衣しか見てない。残念ながら留衣は覚えてないみたいだけど」

 留衣は覚えてすらいなかったのか。それくらい僕の存在が小さくて、大野君の存在が大きいということなのか。

 それでも僕は。

「そう、だったんだ」