教室に着くと、やはり神山の存在を無視するのはほとんど無理に等しく、また留衣の目が神山をとらえるのがはっきりと分かった。

 留衣の目は分かりやすく哀愁を帯びている。

 言葉がなくても、神山のことを好きだと言っているのが聞こえてくる。

 今まではそんな留衣を見てもなにも感じなかった、むしろからかっていた。

 なのに今は……。

 そのとき、神山のもとにある人が訪ねてきた。

「春樹君」

 紛れもなくもう一人の【るい】だった。

「おはよう」

「うん、おはよう。春樹君、球技大会なんの競技出るの?」

 2人は、どうってことのない会話を繰りひろげている。

 どうってことないのに、2人の声色や表情から親しさがありありと伝わってくる。

 クラスのやつらの半分以上は2人に目を向けていて、どこからか小さな声で「え、神山君、もしかして上野さんと別れたんだ?」と話すのが聞こえてきた。

「2人の方がお似合いだね」

「あの2人なら納得って感じ」

 おい、と話しかけようとしたとき、留衣に手首を掴まれる。
 
 留衣は、なにも言わずに頭を振り、自分の席へと座った。
 
 留衣の口元は緩んでいて口角が上がっていた。

 そうか。留衣はきっと、これを望んで昨日自分からその手を手放したんだ。

 好きなやつが好きなやつと幸せになることを願って。

 自分だけが傷付けば、神山が心から笑えることをはじめから分かっていたんだ。

「留衣、今度、どっか行こうぜ。ぱーっとさ、なんなら矢崎も連れて」

「いいねいいね、遊園地でも、お化け屋敷でもどこでも行くよ」

 先に反応したのは矢崎だ。

「はあ? なんでお化け屋敷だよ」

「怖いの? もしかして、お化け屋敷がこわいんでちゅか?」

 矢崎の言葉に、留衣があははっと笑う。
 
「蒼は、お化けじゃなくて暗いところが苦手なんだよね」

「す、少しな? べつに、怖いとかじゃなく」

 えー、隠しても無駄だよ? と、今度はくすくすと笑う。

「へ~?? 暗いところ、怖いんだあ? そういえば、文化祭でお化け屋敷やるクラスあるんだよね? 3人で行く?」

「行く」

 と返事をしたのは留衣で、その顔はいかにもなにかを企んでいる表情だった。