「な、なわけねえし。きょ、今日からだし」

 さすがに今日からなわけないだろ、と心の中でつっこみをいれるが、もちろん口には出さない。

「ふうん? で、なにがきっかけで気付いたの?」

 妹は床のソファの上に座り、しっかりと話を聞くモードにはいっている。

 多分これは、聞くまで絶対部屋を出ない。
 
 一応窓が開いていないかを確かめ、それからカーテンも引く。そのとき、留衣の姿が少しだけ見えた。

 けれど俺には気付いていなくて、ぼんやりと観葉植物に目を遣っていた。

 やっぱり……普通に好きだったよな、神山のこと。

 留衣の目を見れば分かる、あいつがどれくらい神山に惚れてたのかを。

 俺は床に座って、はあっと息を吐いた。

「別れたんだよ、留衣」

「え、留衣さん、別れたの!? フラれたの!?」

 妹の声があまりにも大きくて、つい口を塞ぐ。

「声でかいから」

「ごめんごめん。でも、なんで」

「まあ、それはいろいろあって。とにかく、それで、すっげえつらそうな顔した留衣を、だ……って、いいだろもう!」

「へえ、抱きしめたんだ?」

 今思うと、そもそもあの状況で幼馴染が泣いてて、慰めないやつなんてきっといない。
 
 ただ俺は、はじめて留衣と会ったときみたいに笑ってほしかっただけで。

 なんて言い訳するものの、あのときの自分の行動は今考えただけでも大胆すぎる。

 顔があっつくなってきて、近くにあったノートで顔の付近を仰いだ。

「じゃあ、チャンスじゃん」

「いや、傷心のところにつけこむなんて、そんなのは嫌だわ」

「なに言ってんの。また誰かに取られても知らないよ?」

 妹は脚をぶらぶらと揺らしている。

 誰か、がもしいるなら、多分神山しかいないだろう。
 
 あのとき、神山が見せた表情にふざけたところはなかった。

 あのときの神山は留衣のことしか見えてなくて、まるで本当に幼いときから留衣に惚れているように見えた。

 るい、なんて目にはいっていなかった。

 多分、留衣と付き合っていくうちにだんだんと惚れていったんだろう、あの天使みたいな笑顔に。

「って!! なに考えてんの俺」

「天使みたいな笑顔、とか考えてた?」

「な、なんで分かんだよ」

「声に出てたから」

 すぐに両手で口を塞ぐ。

「ていうか、その、留衣さんが好きだった人って、どんな人なの? 文化祭、行ってもいい?」

 妹が神山を目にしたらきっと……。

「いいけど。絶対、絶対惚れるなよ?」

「なに、そんなにかっこいいの?」

「まあ、女子が好きそうな感じのかっこよさ」

 言いながら、少しばかりへこんでいる自分がいた。