昼食を食べ終えて人気のない廊下をちょっとふらついていると、明らかに沈んだ顔をした留衣が足を引きずって歩いていた。

 視線は下を向いていて、俺には気付いていない。

「留衣?」

 話しかけるとぱっと顔を上げ、今にも泣きそうな留衣が抱きついてくる。

「おっ」

 その瞬間、心臓が強く鼓動する。

「別れた、春樹君と……ちゃんとお別れしてきた」

 留衣の身体は震えていた。

 1人で抱えきれない悲しさに潰されそうになっていて、俺はそんな留衣の身体を軽く抱きしめ頭を撫でる。

 だんだんと、留衣の身体の震えがなくなってくる。

 遠くから女子生徒の声が聞こえてくると留衣はぱっと離れ、真っ赤な目を見せてきた。

「偉い?」

 子どもが泣いたあとみたいな顔だ。

「うん、偉い。すっげー偉い」

 留衣はブサイクに笑う。

 すっげーブサイク、そう思うのに、心臓がありえないほどにはやく動いて、留衣の顔からぱっと目を逸らしてしまう。

 今まで、可愛いなんて思ったことないのに。

「蒼?」

「いや、なんでも。ほら、そこの水道で顔を洗って。そろそろ午後の部はじまるから行くぞ」

 留衣が顔を洗う隣で、俺もまた冷たい水を母にかけた。

「なんで蒼まで?」

「汗かいたから」

 なんて余裕ぶって。本当は顔が熱いせいだ。

 チャイムが鳴りはじめ小走りで席に戻ると、神山がいちはやく留衣に目を遣り名前を呼ぶ。

 俺は神山と留衣の間に立つ。

「ちょっと、今いい?」

 俺は留衣を矢崎の隣の椅子に座らせて、なるべく人から離れたところに神山を連れてきた。

「あのさ、留衣のことしばらくほっといてくんない?」

「僕、留衣になにかした?」

 神山は綺麗な顔を歪ませる。

「なにかしたっつうか、別れたんだろ?」

「それは」

「ならさ、ほっといてやれって。留衣が傷付くだけだろ? あと」

 俺は大きく息を吸って、覚悟を決めた。

「俺、留衣のこと好きだから。あいつのこと傷付けるやつは許せない」

 言葉にした途端また顔が熱くなってきて、心臓もはやく動いて、苦しい。

 神山は目を見開き俺のことを見た、と思うと、小さく笑う。

「そっか、あの頃から、やっぱり僕は勝てないか」

 神山はよく分からないことを呟いてから「それでも、僕はちゃんと留衣と話したい。だから、諦めない」と俺を睨んできた。

 嘘なんてついていない、真っ直ぐな視線だった。

 自分のクラスの陣地を見る。そこには確かに神山の片思いの相手だという女子がいる。

 なのに神山はそいつに見向きもしないで、留衣のことで俺を睨んでいる。

 本当は神山は誰のことが好きなんだ……? 本当に、るい、のことが好きなのか?