「まあ、とにかく、一人で抱えこむなよ? お前にそういうの、似合わないから」

 蒼はようやく笑った顔を見せてくれた。いつもの蒼だった。

「ばあか、蒼」

「なんだよ」

 蒼の優しさが心に染みて、泣きたくもないのに涙がでてきてしまう。蒼の優しさに頬が緩む。
 笑いながら、だけど涙を流してしまう。

 ねえ、神山君。

 どうしてあんなに美人な人とわたしを間違ってしまったの? 神山君が間違わなければこんなに苦しい思いをしないですんだのに。神山君、今ならまだ大丈夫だから、はやく本当のことを言って?

「あー、もう、ティッシュしかねえわ」

 蒼はポケットの中からポケットティッシュを出す。

 それは、駅前で配っている塾の宣伝のティッシュだった。

 こんなところも蒼っぽいと思うと、ほら、心がふわって軽くなっていく。幼馴染の存在が、今のわたしをふんわりと救ってくれる。

「このティッシュ、すごくかたくて鼻が痛い。鼻セレブじゃないと」

「ああ? なにわがまま言ってんだか。お前にはこのかたいティッシュで十分だから」

 蒼はグランドピアノの蓋を開けて、ピアノを弾きはじめた。

 ずっとピアノを習っていて、今も週に一度レッスンを受けている。

 去年なんて、全国のピアノのコンクールで金賞を取ったとか。

 蒼は、ぽろんぽろんと、なんていう曲かは知らないけれど、甘いメロディの曲を弾きはじめた。普段の蒼になら似合わない曲も、ピアノを弾いているときの蒼にはすごくお似合いだ。

 ピアノを弾いていないときの蒼はばかっぽい男子なのに、ピアノを弾いているときは急に大人びる。

 蒼の弾いている曲はどこまでも甘い。

 そのせいで余計に涙が溢れてきて「ばか蒼」と言うと「なんだよ、せっかく弾いてやってるのに」と笑う。

 心の中でひっそりと言う、蒼ありがとう、と。