蒼が感情を表に出すことは、特に怒りを表に出すことは珍しかった。

 本当に、わたしのことを考えていてくれる。

 わたしのために、蒼は心を乱してくれている。

 幼い頃のように、蒼に抱きしめてほしいと思った。そしたらきっと、今感じている思いが半分くらいは消えてくれるはずだから。

「でもさ、それなら、どうしたらいいのかな」

「まあ、もうちょっと考えたほうがいいんじゃね?」

 蒼はわたしから視線を外して、髪の毛を両手でわしゃわしゃして、椅子に座った。

 髪の毛がぐしゃぐしゃになっているのが分かる。
 蒼に触れられた頭を、今度は自分の手で撫でる。

「にしてもさ、なんだよ本当。勘違いとかまじねえわ。俺だったら爆発してるわ」

 蒼は一度盛大な溜息を吐いてから立ち上がる。

「そう、だよね……」

「もし、そいつらのせいですっげえ傷付いたら、俺が慰めてやるから。ほら、駅前のカフェのパフェ食べたいって言ってだろ?」

「あの、苺たくさん使った、大きいやつ?」

「うん、それ。それ奢ってやるよ」

「本当、に?」

「ああ」

 蒼の優しさが傷だらけの心に染みる。

 だけど痛くなくて、むしろ優しく包み込んでくれる感じに、心の底から感情が溢れ出してくる。

 涙なんか流しちゃだめ、って思うのに、目からぽろぽろ落ちていく。

「って、え。どうしたんだよ」

「蒼が馬鹿みたいに優しいから」

 ハンカチを出そうとしたら、蒼が先に自分のハンカチを渡してくれた。

「はあ? 俺はいつだって優しいだろ?」

 蒼はわたしを抱きしめようとしない。

 わたしも、蒼に迷惑をかけたくないから身体には触れない。

 ただ、静かに蒼の優しさに包まれていた。