好きになっちゃ、だめでしたか?

「春樹君って、知ってますか?」

 自分でも笑ってしまうほどに、単刀直入に聞いてしまった。

「ええと、3組の方ですよね?」

 るいさんはけれどすごく冷静に見えた。

「はい、その、もしかしたら、春樹君と昔会ったことあるんじゃないかなあって」

 るいさんは立ち止まった。顔色が変わったように見える。
 なにを考えているのか、なにを思っているのか分からない目でわたしのことを見る。

 無表情、と言うよりも真剣な眼差しに、女のわたしでさえも心臓がはやく動く。

 わたしたちは自然と立ち止まった。

 るいさんの口が開くのを待つ。数秒後、彼女は静かに唇を動かした。

「嘘を吐いても仕方ないと思うので、言いますね。春樹君とは、何度か遊んだことあります。小学校に入学する前に、何度か」

 ああ、やっぱり。わたしの直感は間違っていなかった。

「やっぱり、そうだったんですね」

「でも」

 るいさんは再び歩きはじめた。わたしも彼女の隣を同じテンポで歩く。

「昔の話なので、この前春樹君にも話したんです。今はもうわたしにも別の友達がいるからって。昔のことだからって。だから、なにも心配することありませんよ」

 るいさんはわたしのほうを見て笑った。綺麗、と思うと同時に、切なさも感じる笑顔だった。

「え? 心配?」

「春樹君の彼女さんですよね? 何度か2人で歩いてるところ見たことがあるので」

 やっぱり、知っていた。

「でも」

「話はもう終わりですか?」

 彼女はもう一度立ち止まり、顔を上げて空を見た。彼女の横顔は、春樹君と同じくらい整っていた。

「あ、えっと。春樹君のこと、好きじゃないんですか?」

 るいさんは空からわたしの顔に視線を移す。

「好きじゃないです。さっきも言ったけど、過去の話だから。10年も前の話ですよ? 10年、いろんな時間過ごしてきましたから」

「でも」

「これから塾なんです。だから、行かないと。お話できてよかったです。同じ名前で、ちょっと気になってたから」

 るいさんは「じゃあ、また話しましょうね」と言うと、駅へと小走りで行ってしまった。

 春樹君の気持ちはわたしではなくるいさんに向いているのに。春樹君だってきっと、るいさんの隣にいることを望んでいるのに。

 でも、ともう一人のわたしが耳元で囁く。本当に春樹君を手放してしまってもいいの? と。