好きになっちゃ、だめでしたか?

「じゃあ、これでホームルームは終わります」

 担任はファイルを片手に教室を出ていく。
 
 こういう日に限っていつもよりも五分くらいホームルームがはやく終わる。

「あ、一華」

「ごめん、今日部活だから行かないと」

 週に一度しか集まりのない美術部に所属している一華は、ごめん、ともう一度言って教室をあとにする。

「留衣」

「は、春樹君」

「今日はちょっと用事があるからはやく帰らないといけないんだけど。留衣は?」

「あ、わたしはちょっと……用事が」

「そっか。じゃあ、先帰るね」

「うん、またね」

 あとで連絡するね、という言葉を飲み込んで手を振る。なるべく春樹君と接する時間を減らしたほうがいい。そうすれば、いざというときに傷が浅くてすむ。

 春樹君は教室を出る前にこちらに振り返って「じゃあね」と手を振ってきた。

 わたしは笑って返した。

 教室にはほとんど生徒が残っていなかった。

 放課後の教室のある棟は静かだ。さっきまで教室にはいろんな人の声が行き交っていたのに、今はほとんどない。

 しんとしていて、午前や午後の賑わいが嘘のよう。

 なんで約束なんてしてしまったんだろう。自分からわざわざ傷を負いに行くなんて、わたしは一体なにを考えているんだろう。

 自分のため?
 それとも、本当の好きな人に春樹君を返してあげるため?

 ふうっと息を吐くと、身体から少しだけ力が抜ける。

 鞄を持ってようやく教室を出る。鞄の取手を握る手に力がはいる。汗で手のひらが濡れている気がする。

 階段を下りて曲がると、すぐに玄関に着いた。

 この前の春樹君と同じように壁に寄りかかっているるいさんの姿があった。

「すみません、遅くなって」

 るいさんはわたしを見ると壁から背中を剥がしてわたしと向き合う。

 こうやって見ると、改めてるいさんの可愛さを感じる。どこからどう見ても春樹君に相応しいのは、るいさんだ。

「いえ。それで、話っていうのは」

「駅、行きながらっていうのはどうですか? もし、駅を使ってるなら」

 るいさんは、そうですね、そうしましょう、と言った。

 わたしたちは靴を履き替えて外に出る。

 風が吹いている。髪が風によって乱れてしまう。るいさんは乱れた髪を細い指で直している。それだけで絵になってしまう彼女に惹かれない人なんて、きっといない。

 門までお互い無言で歩き、その間わたしはどう聞けばいいのかをひたすら考えた。

 門までの距離はそんなに長くなくて、すぐに学校の敷地の外に来た。

「あ、あの」