アレクサンドラは、バルトから距離を取ると、静かに語りかけた。

「そうです、殿下。殿下は真実の愛を語ってはいますが、それはただの不貞で決して許されることではありません」

 顔を青くするサティスは、ようやくアレクサンドラの言葉が理解できたようだ。

「サティス殿下、婚約破棄をお受けします。でもそれは、殿下の不貞によっておこる破棄であり、わたくしに過失はありません。よって、殿下とエル様には、我が侯爵家より後日慰謝料を請求いたします」

 エルが「わ、私も!? どうして?」と叫んでいる。

「婚約者がいると分かっている男性と良い仲になったのです。当然、慰謝料は発生します。……貴女がサティス殿下に騙されたのではない限り」

 その言葉でエルの表情は変わる。

(本当にかしこい方)

 感心するアレクサンドラに、エルはすがるような表情を浮かべた。

「殿下に婚約者がいることは存じていました。でも、男爵令嬢の私が、どうして殿下の好意を無下にできましょうか?」

 ようするに、『王族のサティスに誘われて断れなかったんです。すみません、私だけは助けてください』と言いたいらしい。

 見る者の庇護欲をそそるエルの名演技に、思わず舌を巻いてしまう。

(この方もある意味でサティス殿下の被害者だわ。少しくらい慰謝料を減らして……)

 そんなことを考えていると、グッと腰を引き寄せられた。みると、バルトが微笑んでいる。正確には、口元は微笑んでいるが、瞳が少しも笑っていない。

(ひっ)

 アレクサンドラが小さな悲鳴を飲み込むと、バルトはエルに淡々と語りかけた。

「エル嬢。君は兄上に言い寄っただけではなく、アリーに無実の罪を着せて断罪することを提案したね?」

 目に見えてエルの顔色が悪くなる。

「そして、アリーを修道院に送ったあと、恩赦で呼び戻し兄上の側妃にするように提案した。それは全て、君が楽をするためだ。君は第一王子の婚約者である侯爵令嬢に冤罪を被せようと画策したんだ」
「そ、そんな!? 違います、私はっ……」

 バルトは、エルの言葉を「誰が今ここで発言を許すと言った?」とひどく冷酷な声で遮った。

「私の真実の愛の相手は、アリーであり君ではない。君は兄上には礼儀を守らなくていいが、私には礼儀を守る必要があるのでは?」

 バルトに睨みつけられて、エルは震えている。

「君は、様々な罪を犯したが、その中に王族侮辱罪も入れておこう。罪人を連れて行け」

 バルトの指示で王宮騎士たちがエルを連行していく。

「う、うそ! 私がこんな目に遭うなんて! うそよね? サティス! 助けて、サーサぁ!!」

 愛おしいエルに名前を呼ばれてもサティスは振り返らなかった。ただ、血の気の引いた顔でうつむき震えている。

「兄上」

 バルトの声にビクつき、サティスは顔を上げた。