「だって、先生に頼まれたから……」


 視線から逃げるように顔を背けて、ぼそりと告げる。言い訳をしておけば、いつものように呆れた彼が興味をなくすと思った。それでも、少し声に苛立ちを混ぜた星野は、言葉を続ける。


「無理なことは無理って言えよ」

「言えたら、苦労してないよ」


 最初から、星野の言うようにきっぱりと断ることができたなら。男子たちに、強く言う力がわたしにあったのなら。
 きっと、こんなことにはならなかっただろう。
 それはわたしがいちばんわかっている。だけどいくら分かっていても、実際に行動できるかどうかは別問題だ。


「だったら」


 星野はふと、そこで言葉を切った。おのずと視線が上がり、瞳に星野が映る。

 澄んだ切長の瞳。スッと通った鼻筋。
 薄くて潤いのある唇。ニキビ知らずの白い肌。

 その美しさに、思わず息を呑んだ。
 あまりに儚くて。消えてしまいそうで。

 悔しいけれど、星野は美形だ。
 男子からも女子からも認められているほど、格好いい、というより"美"という言葉が似合う。


 時が止まった────そんな気がした。


 時計の秒針だけが響く、ふたりきりの教室で。はっきりと、わたしの耳に届いた言葉。



「──── 俺を、頼れよ」



 向けられる瞳は、濁りなんてひとつもなく、ただまっすぐで。
 彼が持つ光はなんて綺麗なんだろう、と思った。



「困ったときは言え。一人で溜め込むな。お前には……俺がいる」



 分かったか、と彼らしい乱暴な口調で念を押されてしまえば、素直に頷くしかなかった。先ほどの言葉が繰り返し頭の中で再生される。瞳の熱も、声の柔らかさも、空気の硬さも。きっとまたわたしは、忘れることができないのだろう。


「よし。じゃ、帰るか」

「え、まだ鞄の準備が……」

「おっせーな。置いてくぞ」


 その言い方だと、彼の中ではどうやら一緒に帰ることになっているらしい。たしか部活をサボると言っていたっけ、と思い出し、その誘惑するような響きに鼓動が速まっていく。


「ま、待って……!」


 ガタ、と椅子を鳴らして立ち上がった彼は、後ろを振り返ることなく教室を出ていく。
 急いで鞄に残りの物を詰め、わたしは慌ててその背中を追った。