どうしてそんなこと訊いたのだろう。特に興味がないなら、いちいち思い出させないでほしい。こっちは完全に忘れ去りたいと思っているのに。
「終わり。お前は? まだやってんの」
「え」
慌てて星野の手元にある原稿に視線を落とすと、もう完成していた。紙を手に取って、文字を目でなぞる。
文章も、字も本当に綺麗で、完璧な原稿だった。思わず感嘆の声が洩れる。
「すごっ。本当に終わってる……」
「なんで疑ってんだよ」
ふはっ、と笑う星野は、シャーペンをわたしのペンケースに入れると、頬杖をついた。
身体の向きは変えずに、わたしのほうを向いたままで。
「お前もはやくやってしまえよ」
うん、と小さく頷いてペンを走らせる。けれど、手元をじっと見られていて、なんだか落ち着かない。ドクン、ドクンとうるさいくらいに鼓動が大きく鳴り響いている。
星野はわたしに口出しをすることはなく、黙ってポスターと窓の外へと視線を交互に流している。彼の目が動くたび、ともなって揺れるまつげがすごく長かった。
妙な緊張の中、作業すること十数分。
「……できた」
なんとか書き上げて、ふうっと息を吐く。
ペンを置いた途端に、どっと安堵が押し寄せてきた。
二人での作業だったから、一人でやるよりも大幅な短縮ができた。それは、文才に恵まれた星野が原稿を受け持ってくれたからというのが大きい気がする。
これで、明日は安心だ。そう思いながら書類をまとめていたときだった。
「……これ、お前の担当じゃないんだろ」
「えっ」
ひら、と書類の一枚を手に取ってふと呟いた星野は、「どうせ押し付けられたんだろ」と小さくため息をついた。
唐突に見破ってくるものだから、驚きで目が落ちそうになる。ハッと目を見開いて星野を見つめると、呆れたように眉を寄せる星野が、苛立ったように言葉を吐き出した。
「なんでいつもお前はさ……」
強く言い返せないんだ、本当に口がついてるのか?
そんなふうに言われるような気がして、バッと顔を下げる。身構えないと耐えられないようなことを言われてしまうような気がした。
けれど、ふ、とひとつ息を吐いた星野は、そのままのトーンでおだやかに告げた。
「書類の量結構多いんだから、一人で溜め込もうとするなよ」
柔らかい口調に驚いて顔を上げると、そこにあったのはひどく優しい眼差し。いつも鋭くて冷めた視線を送ってくる彼とは似ても似つかないような瞳の色だった。
────これだから、苦手なんだ。
星野は星野らしく、横暴な振る舞いで、わたしを嘲り笑って、馬鹿にしていればいいのに。
こうしてふと優しい顔をするから。
苦手なのに、嫌いになれない。
気を抜くと、変な感情が生まれそうになってしまい、自分が間違った方に流れないように、精一杯阻止しなければならなくなるのだ。