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サァ────。



おだやかな(さざなみ)が寄せては返し、また寄せては返す。


真っ赤に燃える夕陽が、水平線の遥か彼方に沈みかけている。


靴を脱いだ裸足の裏には、ざらざらとした砂の感触がする。


時間がゆっくりと流れているような感覚に陥り、耳に届くのは静かな波の音だけ。


そんな世界を共有していることに、なぜだか涙が込み上げてきそうになった。



「……綺麗だね」



そんな言葉を呟けば、横から「ああ」と小さく返ってくる声。


ふ、と小さい息を吐いて、透き通る海を見つめる。



……これで、十分だ。



ポケットから、切れてしまったネックレスを取り出す。


海色のガラスドームを水平線の彼方にかざすと、光に溶けて海色の世界が淡く輝いた。



「成瀬」



名前を呼ばれて、振り向く。


そこには、目の前に広がる海の水と同じくらい透き通った、綺麗な瞳があった。



……似ている。


ガラスドームの世界に似ている。



「……約束を果たしてくれて、ありがとう」


「約束?」


「ああ。遠い昔の────海の約束」



その瞬間、星野の姿がある誰かに重なったような気がした。


触れたら消えてしまいそうなくらい繊細で、涙を必死に堪えているような、小さな男の子の姿。


どうしてか分からないのに、すごく懐かしい。


わたしの記憶に眠る少年は、いつか見た幼い笑顔で笑った。

ふいに涙が込み上げてきそうになって、ぐっと唇を噛みしめる。


海色の瞳を静かに見つめ返すと、ふっとその瞳が細められる。


そのとき、思った。


星野の瞳がガラスドームに似ているんじゃなくて。


────ガラスドームが、この海色の世界が、星野の瞳に似ているんだって。



初めて見たとき、強く心を惹かれたのは。

思わず手に取ってしまいたくなったのは。


きっと、星野の瞳に。

わたしの心を掴んで離さない不思議な瞳に、似ていたからなんだって。