「これからもう一回頑張ろうと思う。大変な思いをさせると思う。それでも……父さんについてきてくれるか」
「そんなの……」
────当たり前でしょう。
その言葉に、お父さんの顔がみっともなく歪んだ。
ぽろぽろといくつもの涙が零れ落ちていく。
「……凪海」
この呟きが向かうのは、わたしではなく遥か彼方にある空の上。
お父さんが、お母さんのために紡ぐ名前。
「どうか、見守っていてほしい」
水縹の空は、どこまでも澄んで、広がっている。
わたしたちをいつも見守っていて、優しさで包み込んでくれる空。
「お父さん、お母さんは海にいるんだよ」
だけどきっと、お母さんは空じゃなくて海にいると思うから。
果てしなく広い場所でも、必ずわたしたちのことを見つけてくれる。
大好きな海の一部になって、いつでもわたしたちを見ていてくれるはずだから。
綺麗事だと言われてしまっても、それでもいい。
この世界のどこかに、お母さんはずっと存在している。
わたしたちが思い続ける限り、お母さんはきっとここにいるのだ。
その事実だけで、十分。
ふふっと笑ってそう言うと、同じようにぎこちない微笑みが返ってくる。
「栞。いつか一緒に、母さんに会いにいこう。海に、行こう」
その言葉に、強く頷いた。
恐れて両者共に行けなかった海に、行く。
わたしたちの新たなスタートだ。



