海色の世界を、君のとなりで。


「言霊、ねえ……」


 ゆっくりと目を伏せた星野の薄い唇が、その言葉を紡ぐ。

 彼の髪が光に溶けて、淡く輝いている。



「だからできるだけ自分の気持ちを口にしないようにしてた。でも、結局溢れちゃうことが多かったんだけどね」


 言葉は刃物になる。
 それはときに、人の人生を変えるほどに強いものとなる。

 正しく使えば人を救うことだってできる。けれどわたしは、それすら怖くなって逃げてしまった。そんな怖いものだったら、最初から使わないほうがいい。

 そうすれば、いいことは起きなくても悪いことも起きないと思っていたから。


 でも、彼に出会って、少し変わった。
 いつだって正直に思いを言葉にのせて、まっすぐに向かってくる星野のそばにいたら、何かが変わるような気がした。



「……星野。聞いてくれてありがとう。ほんと……すっきりした」


 人は誰かに聞いてもらうだけで、たとえ改善策や打開策、解決法が得られなかったとしても、こんなにも楽になるのだと。

 『話すだけで楽になることもある』なんて言葉が、うわべだけの言葉ではなかったのだと実感する。
 光に溶けてしまいそうな彼を目に焼き付けて、話を切り上げようとしたその時だった。



「嘘つけ」


「え……?」


 あっという間の出来事だった。

 くいっと腕を引かれ、ふわりと淡いシトラスの香りが鼻腔をくすぐる。

 気付けばわたしは彼の腕の中にいた。

 ふわり、とカーテンが揺れて、わたしたちの存在を隠すように重なる。



「……え、ほし───…」


「まだ泣いてねえだろ」


 少しだけ掠れた低い声が、耳のすぐ横で響いている。

 ドク、ドクという鼓動の音が外に聞こえていないか心配になる。



「我慢すんなよ」


 その声が、あまりにも優しくて。

 抱きしめられたぬくもりが、あたたかくて。