それから、「でも」と言い聞かせるように続ける。
『悪い言葉は口にしてはいけないの。それが本当になってしまったら嫌でしょう?』
『うん。それは、いやだ』
『だからねしおりちゃん。良い言葉を遣いなさい。これは、お母さんとの約束』
うん、と頷いたわたしの頭を撫でながら、お母さんはゆっくりと目を細めた。
何度も何度も優しく頭を撫でてくれる。
あたたかくて、幸せで。
わたしは確かに愛されていた。
「それなのに、わたしは約束を破った。お母さんとの唯一の約束だったのに、それさえも守れなかったの」
海に行くのが、怖い。
お母さんに連れられて行く海が大好きだったはずなのに。
大好きな人が愛する海を、わたしも愛していたはずなのに。
……海は青い。
そんな端的な事実でしか、記憶することができていない。
思い出そうとしても、海の色はなくて。
どこまでも無色で。
だからわたしは、海に行くことができない。
わたしは強くないから。
お母さんに会いにいく資格なんて、ないから。
自分の思いを口にするのも、だめだ。
何か小さなことがきっかけで、言葉に思いがこもってしまったら困るから。
もう二度と、周りの人を巻き込むわけにはいかない。
だから、必死に抑えて、おさえて。



