海色の世界を、君のとなりで。

 喧嘩をしてから一度も顔を合わせないまま、家を飛び出した。
 一番言わなければならなかったことも、言わないまま。


 お誕生日おめでとう。


 言葉にしなかったあの日のわたしを、今でもわたしは許したことは一度もない。

 言葉にしてはいけないことだけを口にして、肝心なことは言わないで。

 お母さんの仕事服のポケットに、そっとブレスレットを忍ばせて。

 帰ってから伝えればいいか、なんて。


 通学路を歩きながら、ちゃんと謝ればよかった、顔を見ておめでとうを言ってくればよかった、なんて。

 後悔に襲われながら、それでも根拠のない明日を信じて、何もしなかったのだ。


 あのとき引き返していれば。

 ちゃんと、ごめんなさいとおめでとうを伝えることができていたのなら。
 結末は、変わっていたのだろうか。


 わたしの大切なものは、すべて手の届かないところに消えてしまう。



「結局、お母さんの身体は見つからなかった。まあ、海の事故だから仕方ないのかもしれないんだけど、ね」


 わたしはまだ、お母さんに会えていない。

 あれから、声をかけるどころか、姿すらこの目に映すことができていない。



「ねえ、星野」


 窓の外を見ながら続ける。

 星野はただ黙って話を聞いてくれている。