「……大好きだったんだ。お母さんのこと」
事故当時、わたしは小学五年生で。
お父さんがいて、お母さんがいる。
朝はおはようを言い合って、いってきます、いってらっしゃいの挨拶をして、ただいまと言えばおかえりが返ってきて、おやすみを言って眠りにつく。
そんな、ありふれた生活が、ずっと続くと思っていた。
これからも続いていくのだと信じて疑わなかった。
「でも、その日の朝、たまたま喧嘩しちゃって」
原因は、わたしの夜更かしだった。
それを注意されただけの、ほんの些細な出来事。
ただ、夜更かししていたのには訳があって。毎夜、お母さんの誕生日プレゼントを作っていたのだ。
白くて細い腕に似合う、海色のブレスレット。
海が大好きな母に渡せば、喜んでくれると思ったから。
作り方を調べて材料を買って。
学校に行っている時には作ることができないから、家に帰って夕食と入浴を済ませてから、夜な夜な作って。
「『早く寝なさい』って怒られた時、『お母さんのために頑張ってるのに』って思っちゃったんだよね」
サプライズにするつもりだったからブレスレットのことは言えず。
「わたし、言っちゃったの。心にも思ってなかったのに、絶対に言っちゃ駄目だったのに」
冷酷で、心無い言葉。
大好きな親に向けるには鋭すぎる、許されない言葉。
ちょっと感情が昂ってしまったあの一瞬、とくに深い意味なんてなかった。
本当にそうなればいいなんて思っていなかった。
本当になるなんて、思いもしなかった。
『お母さんなんか、いなくなっちゃえばいいんだ!』
その日は、恨めしいくらいに晴天で。
そんな言葉をぶつけて、初めて挨拶をせずに家を出た。



