目を開けると、そこは何もない世界だった。


「……っ」


 否。何もないわけではなかった。

 目に飛び込んできたのは、淡くグラデーションになっている空。少し触れれば溶けてなくなってしまいそうなくらい、柔らかそうな雲。はっきりと存在を主張する緑と、息を呑むほどの美しさを秘めた深紅の花々。

 ……ここはまるで。
 かつてわたしが夢見た、どこかの世界。時間という縛りにとらわれない世界みたいだ。


「は……っ」


 深く深く息を吐き出す。肩を揺らして、大きな呼吸をする。

 一歩、一歩と足を進めると、そのたびに足がとられるような感覚がする。まるで柔らかい毛布の上を歩いているような、そんな感覚。

 疲れなんて溜まらないから、このままどこまでも歩いていけるような気がした。


 小さく首を動かして、空を見上げる。


 紺青色、瑠璃(るり)色、茜色、浅葱(あさぎ)色、水縹色。
 今は朝か、昼か、はたまた夜か。

 暁、真昼、黄昏、宵、小夜、深夜。
 不思議なことに、どれをとっても頷ける世界だった。

 さまざまな時間帯の色が混ざり、判別が難しい空の色。ぼんやりと眺めながら、時間がないならその区切りすらないのだろう、と思い直す。

 冷たさと生ぬるさを含んだ風が、頬を撫でて通り過ぎていく。
 ふわりと微かに潮の香りがした。