海色の世界を、君のとなりで。


 ガラスドームを握りしめて地面に膝をついていたそのとき、全身に降り注いでいた雨が、ふっと軽くなった……ような気がした。

 長い時間雨に打たれすぎて、とうとう感覚がおかしくなってしまったのかもしれない。
 地面を見つめたままぼんやりとそんなことを思う。


「……何やってんだよ、こんなとこで」


 それが気のせいではないと確信したのは、そんな声が降ってきたから。

 降り止まない雨の音にかき消されそうになっていても、それでもわたしの耳にまっすぐに届く声。

 名前を呼ぼうとすると、唇が震えた。


「ほし……」

「馬鹿」


 低く呟かれ見上げると、そこには半透明の水縹(みはなだ)が広がっていた。

 黒い世界に紛れることなく、ただひたすらに鮮やかで綺麗な、わたしが大好きな────空の色。

 雨音も、雑音も、何もかもが消えた。ただあるのは、自分の鼓動の音だけ。ドクン、ドクンと波打つように鼓動が揺れている。


「ほんと、なにやってんだか」


 降り注ぐ雨から庇うように柄にもない傘を差し出す彼は、自らもまたひどく濡れていた。


「ドラマじゃねえんだよ、これ。俺に何させてんだ」


 わたしと同じようにずぶ濡れの彼は、そう言って呆れたように眉を下げ、小さく笑った。


「ネックレス、落としちゃったみたいで」

「そんなもん探すために、ここまでびしょ濡れになってんのかお前は」

「そんなもんじゃない……!」


 星野は驚いたように目を見開いて、声を大きくしたわたしを見つめる。澄んだ海色の瞳に光が混ざった。


 "そんなもん"じゃないよ星野
 わたしにとって、このネックレスはすごく大切なものだから。絶対になくしてはいけない、特別なものだから。



「……そんなに大事かよ」

「大事だよ、すごく。ちゃんと見つかった。ここにあったよ、星野っ」


 握りしめているガラスドームを掲げるようにして見せる。

 星野は小さく息を吐いて、それから目を細めてふっと笑った。