海色の世界を、君のとなりで。


「───…前、向いて」


 突如、あたたかい手で包み込まれた頬。

 その言葉と同時に、くいっと優しく上に持ち上げられる。



「……っ」


 至近距離で目が合った。

 ふわりと甘い香りが鼻をかすめる。


 優しい彼女にぴったりだと思った。



「下ばっかり向いてちゃだめだよ。前向いて」



 優しい瞳の中に、情けないほど惨めな顔の俺がいた。

 離れようとするけれど、彼女はそれよりも強い力で、俺の頬を掴んで離さない。



「君は強い。だから大丈夫だよ」




……大丈夫、だいじょうぶ。


 周りの人から何度言われても、まるで意味のない薄っぺらい言葉だったのに。

 彼女に言われたこの瞬間、俺の中で何よりも強い言葉になったように、輪郭を持って耳に届いた。



「約束しよう。元気になったら、一緒に海を見にいくって」


「……っ」


 スッと迷いなく差し出された小指。

 触れたら折れてしまうんじゃないかって不安になるほど、細くて繊細な指だった。

 自然と、無意識のうちに指を伸ばしていた。キュッと絡められた小指、花が咲くような笑顔。

 ひとりの少年が恋に落ちるのには、十分すぎた。



「あ、もう行かなきゃ。じゃあ、また会おうねっ!」


 たたたっと走り去っていく少女の背中を見つめていると、彼女はふいにくるっと振り返って、またふわっと花のような笑みを浮かべた。



「海の約束、忘れちゃだめだからね!君は強いよ!」



それだけ言って満足そうにばいばい、と手を振る彼女は、最後の最後まで笑顔だった。


『また』会おうね、か。


ふっと自然と笑みが溢れる。



……大丈夫。俺は、強い。



きっと、いや、絶対に。