葵くんと二人でホテルに到着するとまずレセプションに向かった。
姉の彼から指示が出ているのか、直ぐに会議などで使われる少し広めの個室へと案内してくれた。
移動中のエレベーターの中で葵くんが『大丈夫だよ』と口パクで伝えてくれたので、ほんの少しだが緊張が解けた気がした。

「こちらでございます。」

部屋まで案内してくれた係りの人がノックの返事と共にドアを開けてくれたので二人で中にはいる。

「奈々ってば遅いよ~。」

部屋の中には姉と姉の彼、そしてその知人の刑事さんがパソコンを開いて待っていてくれた。

「弥椰姉、さっき耕史から連絡あってもうすぐでここに着くらしいよ。」

それを聞いて姉の彼と刑事さんは目を合わせた。

「こっちの準備は問題ない。」

と刑事さんが言うと、ドアが開いて磐田くんのお兄さんが入ってきた。

「西園寺さん、父と松田社長を連れてきましたよ。」

「いったい何なんだ結弦?私たちは遊んでる暇なんて無いんだぞ。」

磐田くんのお父さんは少し不機嫌な様子で部屋に入ってくる。松田さんのお父さんは何が起きているのかさっぱりの様子で、自分は場違いな場所にいるのではないかと言ったようにキョロキョロと様子を伺っていた。

「父さんと松田社長に報告したいことが少々ございましてご足労頂きました。」

結弦さんはそう言って2人に頭を下げたが、磐田くんのお父さんは不機嫌なままだった。

「結弦さん、ありがとうございます。僕とそのお二方は全く接点がないので助かりました。」

「いえいえ、こちらこそ弟の為にありがとうございます。」

「弟だぁ?はぁー…また耕史か…、あの出来損ないが何かやらかしたのか?」

「父さん、耕史はいつも問題なんておこしてませんよ。」

「高校だってギリギリ入学できたんじゃないか。後を継ぐとも言わんし、それを問題と言わず何というっ!うちの愚息の為に松田社長までこの場に呼んだ理由は一体何なんだ?人様にまでご迷惑をおかけしよって…。」

「まぁまぁ、落ち着いてください。私はこのホテルの副支配人をしております西園寺と申します。私がお付き合いしている彼女の妹さんが先日事故に合いまして…。よくよく話を聞けば皆に関係のあることのようなので、この度は結弦さんにもご協力いただいて集まる機会を設けさせていただきました。そろそろ耕史くんも来る頃だと思います。」

姉の彼は簡単に集まってもらった趣旨を説明し、近くの椅子に座るように促した。

『カチャリ』と、タイミングよく会議室のドアがひらいた。

再びドアが開いて入ってきたのは磐田くんと松田さんだった。

「えーーー、何この部屋~~~。耕史先輩とアフタヌーンティーできると思ってきたのにぃ~。えっ!?なんでパパがここにいるの?しかもあの女まで…。」

きっと磐田くんはデートという名目で連れてきたのだろう。おしゃれでも可愛くもなんともない殺風景な会議室に案内され文句ばかり言っていた。

「愛理…。」

松田さんのお父さんは突然自分の娘が入ってきたことに驚き、思わず娘の名前が口からこぼれていた。

「皆さんお待たせしてすみませんでした。今日は僕がこの先自由に生きられるために集まってもらいました。」

勇気を振り絞るように早速磐田くんは話始めた。

「なーにが自由だ。今までだって好き勝手じゃないか。」

「父さん、すこしは耕史の話をちゃんと聞いてあげて、俺もおどろいたことなんだから…。」

「岩田社長、お忙しいとは思いますが、ご協力ください。決して耕史くんは問題なんて起こしてませんから。」

結弦さんと姉の彼が磐田くんのお父さんに話を聞くようお願いをした。

「さっさとしろ。大人は忙しいんだ。」

「親父…ありがとう。」

話を聞いてくれると分かり安心したのか、彼の表情からほんの少しだけ笑顔が見えた。

「実は僕は2年前から松田愛理さんに脅迫されています。」

「はっ?脅迫だなんて変な事言わないでよっ!ちょっとしたお願いじゃない!!」

磐田くんは以前、私たちに話してくれたように全てを語った。それを聞いた父親二人はお互いの顔を見合わせ信じられないと言った様子だった。

「う…うちの娘がそんなことをするはずがない!証拠はあるんだろうな!」

「実は、2年前の事件と今回の交通事故で証拠となる映像を各所の防犯カメラをチェックして見つけました。それから被害にあった女の子たちからも証言を得ています。」

そう言って刑事さんはパソコンを操作しプロジェクターに映像を流した。

「2年前の映像は別件で逮捕された暴力団の組員のスマホを押収したものに保存されてました。無加工の映像です。そして、先日の奈々さんの事故は奈々さんと接触した自動車のドライブレコーダーに愛理さんが奈々さんを突き飛ばす姿がしっかりと収められていました。」

「なんてこった…。愛理、なんでこんなことを…。」

「愛理悪くないもん、耕史先輩の周りに邪魔な女が集まってくるから仕方ないじゃん。邪魔なものは消さないと…。それに…こっちが本当の動画よ!観て!これを他の人に見せないから彼氏になってってお願いしただけだもん。」

松田さんは磐田くんへの脅迫に使った画像をみなに見せた。けれども刑事さんから先に無加工の映像を見せられているので信じる人は誰もいなかった。

「受験前にこんな事があったのか…。何故言わなかったんだ?」

「誰かに喋ったら、さっき松田が見せた動画を拡散するって脅されていたんだ。中学生の俺にはどうにもできないって…。」

「父さん、耕史がA判定だったのに受験に落ちた理由はこれだよ。その後、よく2次試験でメンタルを取り戻したもんだよ。」

「…知らなかった。ただの出来損ないなのかと…。」

「父さん、耕史を出来損ない扱いするの止めなよ。受験以降はずっと俺と同じくらいの成績なんだよ。いつも褒めてくれる俺も出来損ないってことになるけど?」

「親父は俺の成績なんか興味ないからそんなこと知らないよ。受験に落ちてから必死に兄貴に追いつこうと勉強してたことだって知らない。」

「そうだったのか…。」

磐田くんのお父さんは驚きのあまりに言葉が出てこないようだった。

「僕は松田から解放されたいんだ。もう、俺一人の力じゃダメなんだ。そのために集まってもらった…。」

磐田くんは私の方を見てさらに話を続けた。

「ずっと『将来の夢がかなうまで彼女は作らないから』って松田に言って、松田と付き合うのを伸ばし伸ばしにしていたけれど、俺にだって好きな子ができたんだ。でも、松田に気づかれたらその子はまたひどい目に合うかもしれない…。そう思うと何もできなかった。ただ好きな子ができて、その想いをひっそり心に閉まっておいたのに、松田はそれに気づいてその子にケガをさせたんだ。今の俺は……人を好きになることすら許されないんだ。そんな環境から抜け出したい!好きな子にちゃんと自分の口で好きだって伝えたいんだ。」

こんなに大勢の前で真剣な目でジーッと私を見つめている。

 これってもしかして…。私、磐田くんに好きって言われてる!?

「…事情は分かりました。ここは示談ということでどうだろか?耕史くん、お嬢さん、希望する金額を言ってくれ。それで解決しようじゃないか。」

今まで黙っていた松田さんのお父さんが口を開いたと思たら、示談を提案してきた。

「松田社長。申し訳ありません、防犯カメラの映像を提供してくださった方は刑事さんでして…。一旦、警察署の方で事情聴取をさせてもらうことになります。まあ、お嬢さんは未成年ですのでそれなりにはなるとは思います。」

姉の彼は金で解決はさせない!と言いたげに刑事がここにいることを強調した。

「け…刑事まで読んでいたのか…」

「はい、だいぶ悪質な様子でしたので…。専門家にご相談させていただきました。」

姉の彼と一緒にいた人が刑事だと知ると松田さんのお父さんはがっくりと肩を落とした。

姉の彼は松田さんのお父さんに今後磐田くんと私に娘を近づけさせない事を一筆書かせてから解散させた。