松田と付き合い始めてひと月近く経った。

部活が終わって帰宅中、乗り換えのホームで偶然に奈々ちゃんにばったり会った。付き合うと決まった日からべったり離れない松田も当然一緒に居合わせた。蔦が絡みつくようにべったりと俺の腕にしがみつく松田をみて、

「本当に二人付き合ってるんだね。」

と静か奈々ちゃんは言った。

「あぁ。」

「耕史せんぱーい。他の女の子とおしゃべりするなんて、愛理やきもち焼いちゃいますよぉ?」

「松田。少し黙ってて。」

俺がそう言うと松田は腕にしがみついたまま奈々ちゃんを睨みつけていた。

「変わりない?」

「うん。」

彼女が幸せなら…、安全なら…それでいい。彼女を見ていると蓋をしたはずの気持ちが込み上げてくる。

 やっぱり、付き合うなら奈々ちゃんが良かった。僕が心から恋しているの松田じゃなくて奈々ちゃんなんだと顔を見るだけで叫びたくなった。

「葵くんは一緒じゃないんだね。」

「あいつは結局部活に入らなかったから先に帰った。」

「…そう。」

お互いに何か話をしたいのに言葉が出てこない。そんな沈黙が続く。

「せんぱーい、まだですか~~?」

松田がイライラし始めた。これ以上彼女と話すのは良くない。

「…じゃぁ。」

そう言って別れようとした時だった。

「まって!磐田くん!」

奈々ちゃんが俺を引き留めた。

「私のせいで好きでもない子と付き合うなんてやっぱり嫌!」

「奈々ちゃんのせいじゃないよ。」

精一杯の笑顔を見せる。

「ううん、私のせいだよね、松田さん。私が磐田くんの事を気にして言う事に気づいたからでしょ??だから私に嫌がらせをしてきたんだよね??」

 えっ? 一体どういう事だ?

「はっ?いまさらそんなこと言うわけ?あんたの気持ちなんてどうでもいいの。愛理の邪魔にならなければ。愛理はあんたの存在がちょっと嫌だっただけよ~。うふっ。」

「奈々ちゃん、それってもしかして俺の事…。」

「先輩はもう愛理と付き合ってるの。邪魔すんじゃねーよ。」

松田は本性をちらりと見せ奈々ちゃんを牽制した。

「私が磐田くんの事を好きになってしまったばかりに、私の好きな磐田くんが好きでもない子と付き合って犠牲になってるなんて耐えられないの。私、磐田くんの事、綺麗さっぱいり諦めるから解放してあげて!!!!!」

「奈々ちゃん、違うんだ。君のせいじゃないんだ。俺が奈々ちゃんの事…。」

と、自分の気持ちを言いかけた瞬間ヒステリックに松田が叫んだ。

「いい加減にして!愛理の邪魔するやつは消えて!先輩!愛理、先輩と二人がいい!」

そう言うと奈々ちゃんから離れた場所へと腕を引っ張っていった。

 奈々ちゃんが俺の事を好き?

 それが原因だと彼女は思っているのか?

 実際は俺が奈々ちゃんを好きになってしまったからなのに…。

松田に腕を引かれながらも思い浮かぶのは奈々ちゃんの必死な表情で、好きだと言われたことの動揺と嬉しさがどんなに抑えようとしても顔に出てしまう。

 きっとそれがダメだったんだ。

2時間後、葵から電話があり、

『奈々が交通事故にあった』

と連絡がきた。