昨日、葵に邪魔されたせいで部活の練習ができなかったので今日は朝練をしようといつもより早く家を出た。…というか、あの後、葵と奈々ちゃんの事を考えてしまって夜も寝つけず、いつの間にか朝になって自然と早起きになってしまっていた。こんな日は的を射て精神を鍛えるのが良いと思った。いつもと同じ電車からの風景だが、1時間違うだけで何となく世界が違う気がしする。

 葵と奈々ちゃんがキスってただの幼馴染じゃなかったのかよ…。

 あぁ…。ダメだ。俺には関係のないこと。このことが頭から離れなかった。バーベキューの日の後半、二人のぎこちない様子。それも未だに気になって仕方がなかった。もしかして葵言ってた本気のキスってあの時なのでは…?だから、あの後の2人はどこか避けていたのか?

 俺にとって彼女は癒しの存在。そんな彼女と知り合いになれただけで十分満足なはずだ。これ以上を望んだら本当に必要なものが手に入らなくなりそうで怖かった。

 本当に必要なもの…。将来の夢が…。

 親父に兄貴と比べられず、俺個人として認められたい。その為には部活と勉強の両立、そして、兄貴よりいい大学に…。

何度も何度も自分に言い聞かせていた言葉だった。

 1時間早いいつもの電車。普段なら次の駅で奈々ちゃんが乗ってくるが、今日は乗ってこないだろうな…。なんて思っていたら、電車の扉が開くと奈々ちゃんが乗り込んできた。

 …なんで?

一晩中彼女のことが頭から離れなかったから遂に幻覚をみているのか!?

電車の扉が完全に開くと、奈々ちゃんと目が合った。

「えっ?磐田くん…。」

「おはよ。今日は早いんだね…。」

この時間に俺と同じ電車になった事に戸惑いながらも、笑顔で挨拶をしてくれる。
1時間も早く出たのに、奈々ちゃんに会えるなんてラッキーだと思った。やっぱり、彼女がそばにいて笑った顔を見るとホッとした気持ちになった。

「ちょっと考え事してたら眠れなくて…。磐田くんは?」

『まぁ…俺もそんな感じ。奈々ちゃんと葵のこと考えてたら朝だった。』なんて言えるわけもなく。

「今日は朝練なんだ。」

と返事した。

「考え事って悩み事?困ってることあるなら聞くよ?」

彼女のことなら何でも知りたい。悩んでいることがあるなら尚更だ。癒しキャラに対してこんな風に想うなんて……。

「た…大した悩みじゃ無いから!大丈夫!」

元気そうに見せる彼女の表情に誤魔化しが見えた。そう言うと彼女は暫く窓の外を見つめていたので沈黙の時間ができた。外の景色を見つめる奈々ちゃんの横顔に見える赤くぷっくりした唇が可愛くて…。この唇に葵は何度もキスをしているのか……。なんて思ったらなんか無性に悔しくて無意識に彼女の頬を手で覆って自分の方に顔を向けさせた。

「えっ!」

 うわっ、俺何やってんだ!?

「ごっ…ごめん!髪にゴミが付いてたからこっち向いてくれないと取れなくて…。」

取り繕うように奈々ちゃんの頭に手を出してそれっぽく振る舞う。

「あ…、そーゆーこと?ありがとう。」

 なっ、なんだ!?今のは…。

彼女を振り向かせた瞬間、本能的にキスをしそうになった…。

ヤバい…。

なんだ?この感覚は…。

自分で感情のコントロールが出来ない。

「……た?」

「えっ?」

奈々ちゃんは何かの質問と共にくりっとした瞳で俺を覗き込んでいる。

「ゴミ…取れた?」

「あぁ……、うん、もうついないよ。」

「良かった。ありがとう。」

笑顔でお礼を言う彼女を見るとさらにキスしたい感情が込み上げるが、グッと堪えた。