『あの子、本を読んでいる時の表情ってコロコロ変わって可愛いだろ?』

耕史の話を聞いていて昔の事を思い出した。

お気に入りの絵本を読んでいる時の奈々は直ぐに登場人物になりがった。特にお姫様が出てくる話が大好きで、お姫様になりきっている奈々はとても優雅で可愛らしかった。遊びに行くと大きな熊のぬいぐるみを王子さまに見立ててよく遊んでいた。そう、初めは王子様役はいつも熊のぬいぐるみであり、俺は王子様役ではなくてガッツリ悪役だった。その時、奈々がはまっていた絵本はバレエで有名な『白鳥の湖』で、囚われのお姫様を王子様が助け出すという話だった。だから俺はオデット姫を城に閉じ込め白鳥になる呪いをかけた悪魔ロットバルト役だった。幼かった俺は、どこの男の子も同じだと思うが正義のヒーローが好きだったので、悪役をやらされるこの時間が苦痛で仕方がなかった。

「僕、悪者やりたくないから奈々ちゃんとは遊びたくない。」

そう言って暫く遊ばない時期もあった。だけど、母親と幼稚園から帰って来たある日、奈々は庭で弥椰姉(ややねえ)と2人で白雪姫ごっこをしていたのだ。その時に『♪いつの日か王子様が〜』と布団のシーツをドレスに見立て体に巻き付けながら歌っていた姿を見た時、あまりにも優美で愛らしくて、胸が高鳴って目を離すことができななくってしまった。

「葵くん、一緒に遊びたいの??」

自宅の入り口から奈々を見つめていると、遊びたそうに見ていると勘違いした奈々が遊びに誘ってくれたのだ。

「あ…悪役は嫌だ。」

「7人の小人と王子様どっちが良い??」

「王子様!!!!」

それから暫く『白雪姫』ごっこが続いた。弥椰姉(ややねえ)が意地悪な継母の魔女で俺が王子様。それまで王子様を務めていた熊のぬいぐるみは7人の小人に降格したのだ。

王子が白雪姫にキスをして生き返るシーンは最高にしあわせな時間だった。折り紙で作ったたくさんの花に囲まれて永遠の眠りについたふりをしている奈々は色白で赤くぷっくりとした唇をしており、本当の白雪姫のようだった。自分だけが誰にも邪魔されずに奈々を堂々と見つめていられる時間だった。

「葵くん、早くして!」

「わかってるよ。ちょっとまって。」

どんなに奈々が可愛くても、どんなに絵本通りにキスをしてとねだられても、男として本当にキスをしてはいけないことを子供ながらにわかっていた。だから、最後はいつも『コレはどんな毒や魔法にも効く薬です。』と言ってキャンディを奈々食べさせてあげるのだった。

しかし、毎回キャンディやそれっぽいものがあるわけではない。初めて奈々にキスをした時もそうだった。

理由は忘れたが奈々の家のリビングでいつも通り三人で白雪姫ごっこをしていると、弥椰姉(ややねえ)とおばさんが少しの間外出することになり、奈々と2人で留守番をすることになった。魔女の毒を消す薬として弥椰姉(ややねえ)からキャンディをもらっていたが一瞬使うことをためらった。

「あ…、キャンディもらうの忘れた。」

本当はちゃんとズボンのポケットに入っている。

「えぇ〜〜〜、これじゃあお話が終われない。」

困った表情をする奈々も可愛かった。

「そうだ!葵くんがキスをすればいいんだよ!」

「奈々、キスは好きな人とするもんだよ。」

「私、葵くん好きだよ。ぜんぜん嫌いじゃないよ。」

きっと奈々が感じている『好き』は俺とは違って友達としての『好き』という意味で、幼いから俺が言っている意味がちゃんと伝わっていないのは分かっていた。

弥椰姉(ややねえ)たち待ってキャンディもらおうよ。」

「だめよ。それまでにお話を終わらせないと見たいアニメが始まっちゃう!」

「でも…。キスだよ?本当にいいの?」

「絵本の中の白雪姫と王子様はキスしてるよ。」

「だって、それは絵本のことじゃん。」

「いい?葵くん、私は今白雪姫なの。だから早く王子様がキスしてくれないと生き返れないの。」

 本当はキャンディを持っていると正直に話すべきか、このまま誘惑に負けて奈々とキスをするか…。

緊張で体中のから汗がじんわり滲みでくる。

「『王子様、早く白雪姫を生き返らせて。』って、ほら、七人の小人たちも言っているわ。」

奈々はぬいぐるみを手に取って声色を変えて小人役を演じると、ソファに横になってお腹の上で手を組み目を閉じた。

俺はそんな可愛い奈々を目の前にし、自分の欲求に負けてしまい、ポケットの中のキャンディを握りしめながら初めて奈々にキスをした。

それからは度々周りの目を盗んでは同じ手を使って奈々にキスねだるように仕向け、何度もキスをした。