「ただいまぁ~~。」

今朝会った磐田君の後輩ちゃん、彼の事が好きなのかなぁ?すっごい目で睨まれてたような…。

そんなことを考えながら玄関のドアを開けると見慣れない男物の靴が揃えられていた。

 …ん? だれだろう、お客様??

不思議に思いながらリビングのドアをゆっくり覗くようにあける。

「奈々ってば遅かったじゃなーい!王子様がお待ちよ~!」

テンション高めのお母さんが座るダイニングテーブルの向かいにはどこか見たことがある男の人が座っていた。

「おばさんっ!王子だなんてそんな昔の話は止めてくださいよぉ~!」

 …あれ?王子様って。

つい昨日の晩にお姉ちゃんが幼い頃の話をしていた内容を思い出した。

「も、もしかして葵くん!?」

目の前にいたのは、私が幼い頃に白雪姫ごっこの王子様にしていた葵くんだった。今の彼は幼い頃の面影をどこか残すものの、耳にピアスを開けたオシャレ男子になっていた。
あくまでオシャレ男子は控えめな言い方で、髪の毛の色が明るければチャラ男に見えたかもしれない。

葵くんの家族である横山家は両親と歳の離れた弟がいる4人家族だ。葵くんと私は同じ学年で中学生の頃に葵くんのお父さんの仕事の都合で家族全員で渡米してしまった。
渡米して直ぐは賃貸として貸し出していたが、最近では暫く空き家のままになっていたので気にはなっていた。

「来月からご両親共にアメリカから帰国するらしいんだけど先に葵くんだけ戻ってきたそうなのよー!1人じゃ心配だから連れて来ちゃったー♪」

 連れて来ちゃったってどーゆー事?
 なんか、お母さん楽しそうじゃない??

「おばさん、ひと月ですがお世話になります。」

葵くんはとても丁寧に深々と頭をさげる。

「えっ?どーゆー事?」

「やだぁ、奈々ったら。来月まで葵くん1人に暮らしになっちゃうでしょー!だから、ご飯とか食べにおいでって話してたのよー。」

「おばさんのご飯、美味しいから昔から好きなんですよねー!ネギ入りの卵焼き、俺あれ大好き!」

そう言われると、遠足などでお弁当の旅に葵くんがやって来て卵焼きを盗んであった記憶が…。

「あら!そうなの?嬉しいわぁー!朝ごはんとかわざわざ食べにくるのが面倒ならウチで生活しちゃって良いのよー!」

「ちょっと、お母さん部屋はどうするの?」

「あんたと弥椰(やや)で暫く同じ部屋になれば問題ないじゃなーい。あんたの部屋貸してあげな!」

 お姉ちゃんと仲が悪いわけではないので同じ部屋になるのは問題ないのだが、たとえ幼馴染だといえ男の子に自分の部屋を使われるのは良い気分では無かった。

「マジでひと月のここに住んじゃっていいんっすか!?朝からおばさんのご飯食べられるなんて最高!」

さっきから葵くんは母の喜ぶ事しか口にしない。オマエはホストクラブのホストか!ってツッコミを入れたくなった。

「私だって勉強に集中したいし…。」

何とか回避しようと思ってもこちらに都合の良い口実が浮かばない…。

「英語なら俺が教えてやろーか?ネイティブたぜ!」

「あら良かったじゃない!決まりね!」

母は男の子も欲しかったようで、昔から葵くんの事を自分の子の様に可愛がっていた。そして、息子同然の葵くんには何故か甘い。葵くんが甘え上手なところがあるせいなのもしれないが…。
その後、姉が大学から帰宅すると簡単に必要な荷物を集めて姉の部屋へと移動させた。