私、佐藤 奈々(さとう なな)が通う高校までは電車で30分ほどかかる。ずば抜けて頭が良いわけでもなく、何かのスポーツに長けているわけでもなく、どこにでもある平均的な高校に通う女子高生だ。

自宅のある駅から電車に乗ると学校がある駅までのその(かん)一度だけ乗り換えがある。たった1度の乗り換えなのだが乗り換え前のホームと乗り換え後のホームの距離が離れているので、移動がとても面倒で、さらにフロアで数えると3階分は差があった。エスカレーターは混みあっているくせにゆっくり動くため、楽はできても時間がかかるので、結構つらいが毎日階段を使っていた。そのおかげで足が腰には自信がついた。

 高2となるとすっかり電車通学になれてしまい、スマホでゲームをしている学生も多いが、ゲームに興味のないわたしは本を読んで退屈な時間を潰していた。
小さな頃から本が大好きで母や姉によく読んでもらっていたのを覚えている。スマホでデジタル版を読むよりも紙の文庫本の方が賢く見えるか気がして、電車の中ではあえて書籍を持ち歩いていた。

ただ…。今回はちょっと持ってくる本の選択を誤った。

区切りの良いところでさっさと(しおり)を挟むと本を閉じて上を向いた。そして程なくして乗り換えする駅に到着し、周りの人混みの流れに乗って電車を降りた。

一体、何を失敗したかって…?

じつは読んでいた本のストーリーが素敵すぎて、今にも涙があふれそうなのをこらえている。
多分、少しでも瞬きをしたり笑って目を細めようものならば絶対に涙が溢れてしまう…。
いつもより顔をやや上向きにしながら、次に乗る電車のホームへと歩いて向かう。

すると後ろから突然。

「っだ、大丈夫???」

と、地元で一番優秀とされる高校の制服を着た男子に腕を掴まれ声をかけられたのだ。
息を切らしているということは走って追いかけてきたのかもしれない。

「えっ?…あぁ、はい。大丈夫ですが…。」

何も困ったことは起きていない。だから大丈夫はだ丈夫なのだけど、突然声をかけられたものだから、驚いた拍子に瞬きをしてしまい、せっかくこらえていた涙がポロポロとこぼれてしまった。

 …あぁ。もぉ、最悪。

 せっかくここまでこらえ来たのに……。

私がポロポロと涙をこぼしたものだから、声を掛けてきた男の子の表情が曇る。

「絶対に大丈夫じゃないよね?それ…。とりあえず、こっちきて。」

と言うと、そのまま腕を引かれ、人が少ないベンチへと連れて行かれた。