その日は映画を観たあと、ホテルのバーのカウンター席で藤代さんとお酒を飲んだ。

藤代さんはウイスキーのロック、私はカシスオレンジを注文した。

少し離れた席では外国人のカップルが、顔を寄せ合いながら何かを囁き合っている。

この空間には男女が親密になれるムードが漂っていた。

「ホラー映画って初めて観たけど、ラブロマンスモノがあるなんて知らなかった。」

「千鶴ちゃんはロマンチックな物語が好きだから、きっと気に入ると思ったんだけど、どうだった?」

「とても面白かったわ。まさかあの場面がラストの伏線になるなんてびっくりした。またおススメのホラー映画があったら教えて欲しいくらい。」

「じゃあ今度俺がお気に入りのホラー映画のDVDを貸そう。沢山持ってるから。千鶴ちゃんの好きな映画も教えて欲しい。やっぱりラブロマンスものが好きだったりするの?」

「そうね。ディズニーのプリンセス映画は全部観たわ。特に美女と野獣が好き。音楽もとてもいいの。」

「俺はシンデレラくらいしか知らないけど、今度観てみる。」

「無理しなくてもいいのよ?」

「いや・・・千鶴ちゃんの好きなものを俺も共有したい。」

しばらく今日観た映画の感想を言い合ったあと少しの間があいた。

私はここぞとばかりに切り出した。

「私達の相性ってそんなに悪くないって思うの。」

「俺は最初からそう思ってたけど。」

藤代さんはそう言ってウイスキーのロックを口に含んだ。

「俺も千鶴ちゃんも小説はミステリーが好き。」

「私はラブサスペンスが好きだけど、藤代さんは本格ミステリが好きなのよね?」

「本当は和食が好きなところも同じ。」

「焼き魚や湯豆腐が好きなところも。」

「俺達の相性って最高だと思わないか?」

「そうね。でも身体の相性はどうかしら。」

私の言葉に藤代さんがむせ返るような咳をした。

「・・・なんだって?」

「だから身体の相性よ。」

私は藤代さんが聞き取りやすいように、単語を一つづつハッキリと発音した。

「千鶴ちゃんてたまに突拍子もないことを言うよな。」

藤代さんは茶化すように苦笑した。

「どうして?大事なことよ?」

「それはそうだけど・・・いきなりどうしたの?」

藤代さんが怪訝な表情で私の瞳の奥を覗き込んだ。

「藤代さんはどんなシチュエーションがお好み?」

「シチュエーション?」

「例えば自分の部屋がいいとか、海辺のホテルがいいとか、車でするのが好きだとか。」

「相手が千鶴ちゃんならどこでもいいよ。」

「藤代さんってS?それともM?」

「・・・どっちかって言えばSだけど。」

「藤代さんってどんなセ」

「千鶴ちゃん!」

藤代さんは少し怒気を含んだ声で私の言葉を遮った。

そしてその後、すぐに乾いた笑い声を立てた。

でもその目は笑っていなかった。

「まさか好きな体位は、なんて聞かないでくれよ?」

それでも私は藤代さんとの相性を確認したくて、髪を耳にかけながら微笑んでみせた。

「私と身体の相性を試してみない?」

「は?」

「私と寝てみない?って言ってるの。」

藤代さんは柔らかい笑顔から一転、真面目な顔で私の唇をみつめた。

「俺に抱かれたいのか?」

「ええ。」

「本気で言ってる?」

「本気よ。」

藤代さんはしばらく固まって思いを巡らした後、大きく肩で息をした。

「それはとても魅惑的な誘いだ。今すぐこのホテルの部屋を取ってしまいたい衝動に駆られる。」

「じゃあ部屋を取りましょう。」

しかし私の提案に、藤代さんは首を横に振り、きっぱりと言い放った。

「でも俺は千鶴ちゃんと、相性を試すためだけのセックスなんてしたくない。」

「・・・・・・。」

「身体の相性が悪かったら別れるっていうのか?そんな悲しいこと言わないでくれ。」

「でも私じゃ藤代さんが満足しないかもしれないじゃない。」

私はグラスに敷かれているコースターに視線を落とした。

「そんなこと、千鶴ちゃんが考えることじゃない。千鶴ちゃんは相手に合わせ過ぎだ。もっと自分を主張していいんだ。」

「主張・・・?」

「ああ。それを合わせるのは男の役目だ。」

「・・・・・・。」

「千鶴ちゃんは俺にちゃんと恋してる?」

「・・・藤代さんといると時間が経つのを忘れるほど楽しいし、私にはもったいないくらい素敵な男性だと思ってる。」

「でもまだ星占いの呪縛からは完全に逃れていない・・・そうだろ?」

「・・・・・・。」

「俺は千鶴ちゃんの心を完全に手に入れてから、千鶴ちゃんと愛し合いたい。それくらい本気だってこと、わかって欲しい。」

藤代さんはそう言って、カウンターの上で私の右手を強く握った。

「ごめん。」

「ううん。謝るのは私の方。」

その手はとても温かく、じんわりと優しさが伝わってきて、私は何故だか泣きそうになった。

「大丈夫。俺は千鶴ちゃんを満足させる自信あるから。」

「特殊な性癖があるなら教えておいてもらえると助かるわ。前もって勉強しておきたいの。」

私の言葉に藤代さんは嬉しそうに目を細めた。

「千鶴ちゃんのそういう生真面目で、人に寄りそう優しいところに俺はやられたのかも。」

そう言うと藤代さんはいきなり私の肩を引き寄せ、バーテンダーの目を盗んで私の唇をその唇で塞いだ。

お互いの舌が絡まり、藤代さんが飲んだウイスキーの味が色濃く口の中に残った。

「千鶴ちゃんはそんなこと何も気にしなくていい。俺はいたってノーマルだし、千鶴ちゃんが嫌がるようなことは絶対にしない。・・・それよりもっと夢のある話をしよう。旅行に行くならどこがいい?俺は暖かい南国へ行きたい。沖縄の綺麗な海を見ながらのんびりするのはどう?」

「・・・私は北海道のラベンダー畑を見たいわ。真っ白な雪景色もいいな。」

「ああ。どっちもいつか必ず一緒に行こう。」

全てを包み込んでくれるその瞳にみつめられて、ドキドキとした鼓動と共に胸の奥がきゅんと高鳴った。

その瞬間から、私の恋が始まった。