星と月と恋の話

「君、まさか…!あのおばさんの群れに突撃するつもりなの?」

「えぇ、虎穴に入らずんば虎子を得ずと言いますし…」

虎子を得る為に、虎に食われたんじゃ本末転倒じゃないの。

「危ないわよ。多少割高でも、こっちの…ほら、袋詰めされた野菜があるじゃない」

「いえ、多少の無理をすれば、安くたくさん手に入るのが分かっていて、見過ごす訳にはいきません」

ゆ、結月君。

いつの間にか、あなたの目。

詰め放題コーナーで、血眼になってるおばさん方の目と同じになってるわ。

「今日の夕飯の肉じゃがとポテトサラダと、明日のポテトコロッケの為ですから。ちょっと行ってきます」

怒涛のお芋パーティー。

結月君…君って人は…。

でも、君がその覚悟なら私は止めないわ。

ただ、言うべきことが一つ。

「…生きて帰ってきてね?」

「…努力します」

そう言い残して、結月君は詰め放題コーナーに消えていった。

…人に揉まれて、あっという間に姿が見えなくなっちゃった。

私は怖いから、ちょっと遠くに離れていようっと…。

とてもじゃないけど、あの中に入る勇気はない。

結月君は慣れてる感じだったけど…。

あの人、毎週こうやって人に揉まれながら野菜を買ってるのかしら。

勇敢だわよ。

見た目ひょろひょろしてて、眼鏡で、根暗なもやし男だと思われがちな結月君だけど。

この血走った目をしたおばさん方の群れに、単身突入して、お得な野菜を買ってくるなんて。

そんな度胸がある人を、もやしだなんて言ってた奴らは、この光景を見せてやりたいわね。

あんた達、この人混みに突撃する勇気ある?

ないでしょ。

私もないもの。

結月君、今頃どうしてるかしら…。

彼もおばさん方のように、ビニール袋を伸ばして伸ばして。

くたくたになったビニール袋に、しこたまじゃがいもを詰めてるのかしら。

勇ましい姿が目に浮かぶわ…。

おばさんに突き飛ばされて、怪我してないと良いけど。

…すると、およそ5分後。

高みの見物をしていた私のもとに、

「あ、結月君だ」

「ただいま戻りました…」

両手に、野菜のいっぱい詰まったビニール袋を持って、結月君が戻ってきた。

皆、立ち上がってお手を拝借。

英雄の凱旋よ。

「よく生きて無事に帰ってきたわ」

「まだまだ…こんなの序の口ですよ」

え?序の口?

これが序の口なら、この先は一体どうなるの?

ここ、スーパーマーケットだと思ってたんだけど。

私もしかして、戦国の世にでも迷い込んだのかしら?