「でもさ、本当に偶然だよね」
取り忘れていたイヤホンを外して言う。
ここは高校からも近いというわけではないし、ましてやこんな路地裏で会うなんて低い確率だろう。
「田中くんは制服だね?まだ帰ってないの?」
「バイトだった」
バ、バイト?
高校生のアルバイトといえば飲食店が多いが、田中くんが接客している姿を想像できない。
「なんのバイト?」
そう聞き返したところで、携帯の着信メロディーが響く。先程まで聞いていた大好きなアイドルの歌だ。
「あ、ごめんね。メールみたい」
携帯の光を覗き込めば、母からの短いメールが届いていた。
「…お母さん、もう少しかかりそうって……」
せっかく待ってたのに…。
このパターンだと、後1時間は終わらないな。こんな時間まで外で待っていたと分かったら怒られるし、心配させるから大人しく家に帰るべきだ。
「待つ必要なくなっちゃった」
「…送る」
「え?」
静かな夜道だからよく聞こえたけれど、反射的に聞き返してしまった。
「家まで送るよ」
繰り返された言葉には先程と同じものだ。
目の前に立っている彼は田中くんだけど、田中くんじゃないみたいで。
「本当に送ってくれるの?」
前髪がかかった彼の目を覗き込んだ。


