必ず、まもると決めたから。


「ありがとうございます」

数学準備室から離れた階段の踊り場で、まず第一声はお礼を言った。

休み時間の終わりを告げるチャイムが鳴ったが、どちらも教室に戻ろうとしなかった。


「なにが?」


あの日も、数学準備室から逃げた先のこの場所で新谷くんと鉢合わせしたっけ。
田中くんを勉強会に誘う愛ちゃんに嫉妬していた心を新谷くんに軽くしてもらった。


「ありがとう」


新谷くんは壁に寄りかかり腕組みをして、白い歯を見せて笑った。


「自分の思ったことを言っただけだから」


「でも新谷くんが来なかったら私はもっと、もやもやしていたと思う」


同じ数学係ってだけ。
そう言われただけで、誰も悪くない。誰も責められやしない。

でも一方的に、この心は傷ついたんだ。



「ーーだから嫌なんだ。一途な恋ってさ。傷ついて、すごく痛いから」


「新谷くん?」


私の顔を見て新谷くんは寂しそうな顔をした。


「本気で好きになれば好きになる程、辛くない?」


新谷くんは私の田中くんへの想いに気付いているのだろうか。気付いているよね…。


「新谷くんには、……そういう人がいるの?」


「いるよ。世界で一番、愛してる人」


「……そっか」


少し躊躇いがちに投げかけたけれど、即答だった。


誰かを思い浮かべているのだろうか。
その表情は柔らかく、優しかった。


「その人と結婚できないなら、俺は他の誰とも結婚しないって決めた。遊びでいいやって、そう思ってるんだ…でも、君はそうならないで」


「私?」


「君は、桜誠だけを好きでいてやって」


私を諭すような優しい物言い。
新谷くんはそう言い残して、階段を降りて行った。

今の私にはその言葉にどう返答していいのか分からず、姿勢のいい後ろ姿を見送ることしかできない。


だって思ったから。

田中くんを嫌いになれればいい、
そう思ってしまったから。