案内された個室にはなぜか真宮くんがいた。

「婚約者として会うのは初めましてだね。琴乃、お誕生日おめでとう。」

「…婚約者?誰の?」

「もちろんお前のだよ。琴乃。」

「お父さん、前の婚約者はどうなったの?」

「前も今もずっとお前の婚約者は彼だ。」

「琴乃、すべては俺のわがままで始まったことなんだ。」

真宮くんは初めて出会った時から今日に至るまでのすべてを話してくれた。
薄っすらと記憶に残る夕立の日の若手サラリーマンが実は真宮くんなのだ言われてもまったくピンとこない。
しかし、彼からの気持ちは充分伝わった。私の中でずっと引っ掛かっていた私の婚約者の存在。そして、彼の婚約者。彼の言う通り何の問題もないはずだ。お互いの事だもの。

「真宮くんが私の婚約者ってことは…。」

彼の手首に目を向けた。

「そう、俺とのペアウォッチだ。調子に乗ってクルーズパーティで付けてしまったら琴乃に注目されて焦ったよ。」

答え合わせの様な真宮くんの説明を聞き終わると彼のお母さんが空気を変えた。

「さあさあ、今日は琴乃さんのお誕生日なんですからお祝いのお食事始めませんか?」

「そうですね、わざわざ琴乃のためにいらして頂き感謝ですわ。」

母が答えると私と真宮くんが隣り合う形で皆で着席した。
その母は食事のコースが進むにつれてぺらぺらと幼いころの私の話をし始め照れくささを感じた。
その話を聞く真宮くんの表情はいつになく優しかった。

「晴翔は幼いころから何に対しても無表情で本当に大変でしたのよ。今日は来ていないけれど、姉が逆にすべて顔に出るタイプだから育てやすかったけど…。」

「真宮くん、お姉さんがいるんだ。似てるの?」

「実は、ホワイトデーのギモーヴ一緒に選んでもらったんだ。」

スマホを取り出しお姉さんとの写真を見せてくれた。

 …あ、この人。

スマホに映し出された人物は皆で苺のパフェを食べに行ったときに真宮くんと一緒の車に乗り込むのを見た相手だった。

 お姉さんだったんだ。

お姉さんとの姿を見て勝手に傷ついていたなんて恥ずかしくて誰にも言えない。そういえば婚約者のことを『ハゲデブおやじ』って予想していたこともあったなぁ。と色々思い出し一人でくすりとにやけてしまった。

「…ん?どうした?」

そんな小さな表情も真宮くんは見逃さず気づいてくれていた。

「ん~ん、何でもない。」

真宮くんのお父さんから、私と出会ってから真宮くんはやっと人並みの感情を持つことができたと感謝された。跡取りとして人の上に立つ人間がなんの感情もないとすれば致命的だと悩んでいたそうだ。
私の知っている真宮くんは良いも悪いもいつも感情が表に出ていた。そしていつも私のことを考えて寄り添ってくれる。とても暖かい人だ。今のちょっとした表情の変化も気づくくらいだ。感情の無い真宮くんなんて想像もできなかった。