「お疲れでしょう? 少し休まれたら如何です?」

「……こんな時間に連れ出した張本人がそれを言う?」


 尋ねつつ、次第にまぶたが重くなる。
 馬車の揺れが心地良い。ウトウトと舟を漕ぐわたしを、ランハートがそっと抱き寄せた。


「どうしても、伝えたいことがあるんですよ」


 囁きに耳を傾けつつ、ゆっくりと夢の中に落ちていく。

 馬車が止まる気配がして、わたしはそっと目を開けた。


「着きましたよ」


 ランハートの手を取り、わたしも馬車を降りる。


「ここ…………」


 到着したのは、わたしの実家のすぐ側にある小高い丘の上だった。
 見上げれば満点の星空、下方には人々の営みが織りなす街の灯りが広がる。城のバルコニーから見るのとはまた違う。心がほんのりと温かくなった。


「王太女に即位する前に、もう一度だけ、ご両親と過ごす時間を取られたらどうかと思ったんです。文官たちにも協力してもらい、スケジュールを調整してもらいました。ほんの半日だけですが、姫君ではない貴女に戻る時間が取れればと」


 ランハートはそう言って目を細める。思わず目頭が熱くなった。


「貴女は我が国の大切な姫君である以前に、かけがえのない一人の女性です。僕の役割は、貴女の隣を歩くこと。ライラ様が自分らしく居られる場所を作ることだと思っています」


 目尻から涙が溢れる。
 ランハートは跪き、わたしの左手を握った。彼は手の甲に口づけ、わたしの薬指に指輪を嵌める。夜空に輝く星々のような色を纏う宝石に、わたしは静かに息を呑んだ。