「ありがとうございます、ゼルリダ様」


 顔を上げる。気づけば私の隣で、ライラが穏やかに微笑んでいた。亡くなった夫によく似た表情。ずっと見ていたくて――――見ていられなくて、思わず視線を逸らしてしまう。


「前にも言った筈よ? あなたにお礼を言われるようなことはしていないわ」


 私はただ、夫の願いを叶えたいだけ。この子のためを思って動いたことなど、一度だってないのだから。


「それでも、わたしは嬉しかったです。十六年間、普通の女の子として過ごせたこと。お父さんやお母さんにわたしの手紙を届けてもらえたこと。全部ゼルリダ様のお陰ですから。
ゼルリダ様のお陰で、わたしはお父さんの意志を継ぐ覚悟が出来ました。本当に、心から感謝しています」


 ライラが微笑む。
 記憶の中のクラウスと、目の前のライラがダブって見える。


『ありがとう、ゼルリダ』


 そう言って微笑む夫の姿が目に浮かび、目頭がグッと熱くなる。

 ああ。
 私はようやく、クラウスの役に立てたのかもしれない。

 ――――いいえ、違う。
 私の本当の役目は、きっとこれから始まるのだろう。

 クラウスの代わりに彼の娘を見守ること。導くこと。
 そのために私は妃になった。そのために、私は今、ここに居るのだと思う。


「ゼルリダ様……良かったらこれ、使ってください。ゼルリダ様のために作ったんです」


 ライラが言う。差し出されたのは、下手糞な刺繍が施されたハンカチだった。
 出来上がった模様はガタガタで、お世辞にも上手とは言い難い。だけど、この子が育ての両親に向けて作ったものと同じ。鬱陶しい程の愛情と温もりを感じる。


「――――ありがとう」


 静かに肩を震わせるわたしを、夫と同じ表情をしたライラが見つめていた。